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第一章 正しい洗礼第二章 洗足式第三章 聖霊のバプテスマ第四章 真の救い第五章 死者の救い第六章 真の神
第七章 神の御名について第八章 聖餐式第九章 安息日第十章 聖霊の働きと権威第十一章 神の教会第十二章 ヨハネの黙示録


聖霊の働き その16 聖霊の働き その17 聖霊の働き その18
聖霊の働き その19 聖霊の働き その20
聖霊の働き その16

(使徒行伝第16章1節)それから、彼はデルベに行き、次にルステラに行った。そこにテモテという名の弟子がいた。信者のユダヤ婦人を母とし、ギリシャ人を父としており、(2節)ルステラとイコニオムの兄弟たちの間で、評判のよい人物であった。(3節)パウロはこのテモテを連れて行きたかったので、その地方にいるユダヤ人の手前、まず彼に割礼を受けさせた。彼の父がギリシャ人であることは、みんな知っていたからである。

(4節)それから彼らは通る町々で、エルサレムの使徒たちや長老たちの取り決めた事項を守るようにと、人々にそれを渡した。(5節)こうして、諸教会はその信仰を強められ、日ごとに数を増していった。

(6節)それから彼らはアジヤで御言を語ることを聖霊に禁じられたので、フルギヤ・ガラテヤ地方をとおって行った。(7節)そして、ムシヤのあたりにきてから、ビテニヤに進んで行こうとしたところ、イエスの御霊がこれを許さなかった。(8節)それで、ムシヤを通過して、トロアスに下って行った。
(9節)ここで夜、パウロは一つの幻を見た。ひとりのマケドニヤ人が立って、「マケドニヤに渡ってきて、わたしたちを助けて下さい」と、彼に懇願するのであった。
(10節)パウロがこの幻を見た時、これは彼らに福音を伝えるために、神がわたしたちをお招きになったのだと確信して、わたしたちは、ただちにマケドニヤに渡って行くことにした。

(11節)そこで、わたしたちはトロアスから船出して、サモトラケに直航し、翌日ネアポリスに着いた。(12節)そこからピリピへ行った。これはマケドニヤのこの地方第一の町で、殖民都市であった。わたしたちは、この町に数日間滞在した。
(13節)ある安息日に、わたしたちは町の門を出て、祈り場があると思って、川のほとりに行った。そして、そこにすわり、集まってきた婦人たちに話しをした。
(14節)ところが、テアテラ市の紫布の商人で、神を敬うルデヤという婦人が聞いていた。主は彼女の心を開いて、パウロの語ることに耳を傾けさせた。

(15節)そして、この婦人もその家族も、共にバプテスマを受けたが、その時、彼女は「もし、わたしを主を信じる者とお思いでしたら、どうぞ、わたしの家にきて泊まって下さい」と懇望(こんもう)し、しいてわたしたちをつれて行った。

(16節)ある時、わたしたちが、祈り場に行く途中、占いの霊につかれた女奴隷に出会った。彼女は占いをして、その主人たちに多くの利益を得させていた者である。(17節)この女が、パウロやわたしたちのあとを追ってきては、「この人たちは、いと高き神の僕(しもべ)たちで、あなたがたに救の道を伝えるかただ」と叫び出すのであった。

(18節)そして、そんなことを幾日間もつづけていた。パウロは困り果てて、その霊にむかい「イエス・キリストの名によって命じる。その女から出て行け」と言った。すると、その瞬間に霊が女から出て行った。

(19節)彼女の主人たちは、自分らの利益を得る望みが絶えたのを見て、パウロとシラスとを捕え、役人に引き渡すため広場に引きずって行った。

(20節)それから、ふたりを長官たちの前に引き出して訴えた、「この人たちはユダヤ人でありまして、わたしたちの町をかき乱し、(21節)わたしたちローマ人が、採用も実行もしてはならない風習を宣伝しているのです」。
(22節)群衆もいっせいに立って、ふたりを責めたてたので、長官たちはふたりの上着をはぎ取り、むちで打つことを命じた。
(23節)それで、ふたりに何度もむちを加えさせたのち、獄に入れ、獄吏(ごくり)にしっかり番をするように命じた。(24節)獄吏はこの厳命(げんめい)を受けたので、ふたりを奥の獄屋に入れ、その足に足かせをしっかとかけておいた。

(25節)真夜中ごろ、パウロとシラスとは、神に祈り、さんびを歌いつづけたが、囚人たちは耳をすまして聞きいっていた。
(26節)ところが突然、大地震が起って、獄の土台が揺れ動き、戸は全部たちまち開いて、みんなの者の鎖が解けてしまった。(27節)獄吏は目をさまし、獄の戸が開いてしまっているのを見て、囚人たちが逃げ出したものと思い、つるぎを抜いて自殺しかけた。(28節)そこでパウロは大声をあげて言った、「自害してはいけない。われわれは皆ひとり残らず、ここにいる」。
(29節)すると、獄吏(ごくり)は、あかりを手に入れた上、獄に駆け込んできて、おののきながらパウロとシラスの前にひれ伏した。(30節)それから、ふたりを外に連れ出して言った、「先生がた、わたしは救われるために、何をすべきでしょうか」。(31節)ふたりが言った、「主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます」。

(32節)それから、彼とその家族一同とに、神の言を語って聞かせた。(33節)彼は真夜中にもかかわらず、ふたりを引き取って、その打ち傷を洗ってやった。そして、その場で自分も家族も、ひとり残らずバプテスマを受け、(34節)さらに、ふたりを自分の家に案内して食事のもてなしをし、神を信じる者となったことを、全家族と共に心から喜んだ。

私も夜中や夜明けにバプテスマを施した事が何度かあった。

(注)(ロマ書第8章31節)もし、神がわたしたちの味方であるなら、だれがわたしたちに適し得ようか。と書いてある。いかなる時にも、主を信じて、パウロとシラスとは、神に祈り、讃美を歌いつづけた。その時、大地震が起こった。
旧約聖書の、(詩篇第109の29節)わたしを非難する者にはずかしめを着せ、おのが恥を上着のようにまとわせてください。
また、(ルカ伝第13章17節)イエスに反対していた人たちはみな恥じ入った。と記されている。

(35節)夜が明けると、長官たちは警吏(けいり)らをつかわして、「あの人たちを釈放せよ」と言わせた。(36節)そこで、獄吏はこの言葉をパウロに伝えて言った、「長官たちが、あなたがたを釈放させるようにと、使(つかい)をよこしました。さあ、出てきて、無事にお帰りなさい」。
(37節)ところが、パウロは警吏らに言った、「彼らは、ローマ人であるわれわれを、裁判にかけもせずに、公衆の前でむち打ったあげく、獄に入れてしまった。しかるに今になって、ひそかに、われわれを出そうとするのか。それは、いけない。彼ら自身がここにきて、われわれを連れ出すべきである」。

(38節)警吏らはこの言葉を長官たちに報告した。すると長官たちは、ふたりがローマ人だと聞いて恐れ、(39節)自分でやってきてわびた上、ふたりを獄から連れ出し、町から立ち去るようにと頼んだ。(40節)ふたりは獄を出て、ルデヤの家に行った。そして、兄弟たちに会って勧めをなし、それから出かけた。

聖霊の働きその17

(使徒行伝第17章1節)一行は、アムピポリスとアポロニヤとをとおって、テサロニケに行った。ここにはユダヤ人の会堂があった。(2節)パウロは例によって、その会堂にはいって行って、三つの安息日にわたり、聖書に基いて彼らと論じ、(3節)キリストは必ず苦難を受け、そして死人の中からよみがえるべきこと、また「わたしがあなたがたに伝えているこのイエスこそは、キリストである」とのことを、説明もし論証もした。
(4節)ある人たちは納得がいって、パウロとシラスにしたがった。その中には、信心深いギリシャ人が多数あり、貴婦人たちも少なくなかった。(5節)ところが、ユダヤ人たちは、
それをねたんで、町をぶらついているならず者らを集めて暴動を起し、町を騒がせた。それからヤソンの家を襲い、ふたりを民衆の前に引っぱり出そうと、しきりに捜した。


(6節)しかし、ふたりが見つからないので、ヤソンと兄弟たち数人を、市の当局者のところに引きずって行き、叫んで言った、「天下をかき回してきたこの人たちが、ここにも入り込んでいます。(7節)その人たちをヤソンが自分の家に迎え入れました。この連中は、みなカイザルの詔勅(しょうちょく)にそむいて行動し、イエスという別の王がいるなどと言っています」。
(8節)これを聞いて、群衆と市の当局者は不安に感じた。(9節)そして、ヤソンやほかの者たちから、保証金を取った上、彼らを釈放した。

(10節)そこで、兄弟たちはただちに、パウロとシラスとを、夜の間にベレヤへ送り出した。ふたりはベレヤに到着すると、ユダヤ人の会堂に行った。
(11節)ここにいるユダヤ人はテサロニケの者たちよりも素直であって、心から教を受けいれ、果たしてそのとおりかどうかを知ろうとして、日々聖書を調べていた。
(12節)そういうわけで、彼らのうちの多くの者が信者になった。また、ギリシャの貴婦人や男子で信じた者も、少なくなかった。

(13節)テサロニケのユダヤ人たちは、パウロがベレヤでも神の言を伝えていることを知り、そこにも押しかけてきて、群衆を煽動(せんどう)して騒がせた。
(14節)そこで、兄弟たちは、ただちに、パウロを送り出して、海べまで行かせ、シラスとテモテとはベレヤに居残った。(15節)パウロを案内した人たちは、彼をアテネまで連れて行き、テモテとシラスとになるべく早く来るようにとのパウロの伝言を受けて、帰った。

(注)さて、パウロは、アテネで彼らを待っているあいだに、市内に偶像がおびただしくあるのを見て、心に憤りを感じた。(使徒行伝第17章16節)と書いてある。
パウロは、アテネの人々に、宗教心に富んでいると言った。パウロが、道を通りながら見ると、いろいろなものを拝んでいる。

(注)(偶像)と言うのは、(広辞苑第六版を引用)

1、木・石・土・金属などで造った像。

2、信仰の対象とされたもの、神仏にかたどって、つくった像。

3、伝統的または絶対的な権威として崇拝・妄信の対象とされるもの等である。

すなわち、「偶像崇拝」である。

(使徒行伝第17章22節)そこでパウロは、アレオパゴスの評議所の真ん中に立って言った。
「アテネの人たちよ、あなたがたは、あらゆる点において、すこぶる宗教心に富んでおられると、わたしは見ている。(23節)実は、わたしが道を通りながら、あなたがたの拝むいろいろなものを、よく見ているうちに、『知られない神に』と刻まれた祭壇もあるのに気がついた。そこで、あなたがたが知らずに拝んでいるものを、いま知らせてあげよう。

(マタイ伝第15章8節〜9節)『この民は、口さきではわたしを敬うが、
その心はわたしから遠く離れている。
(9節)人間のいましめを教えとして教え、
無意味にわたしを拝んでいる』
と聖書は証言している。

(使徒行伝第17章31節)神は、義をもってこの世界をさばくためその日を定め、お選びになったかたによってそれをなし遂げようとされている。すなわち、このかたを死人の中からよみがえらせ、その確証をすべての人に示されたのである」。
(32節)死人のよみがえりのことを聞くと、ある者たちはあざ笑い、またある者たちは、「この事については、いずれまた聞くことにする」と言った。

(33節)こうして、パウロは彼らの中から出て行った。(34節)しかし、彼にしたがって信じた者も、幾人かあった。その中には、アレオパゴスの裁判人デオヌシオとダマリスいう女、また、その他の人々もいた。

偶像崇拝に対する聖書の警告

(所見)唯一の全能の神は、人類に対して、十の戒めを与えられた。それは、モーセの十戒である。この、神の御言葉は、神を信じる者の、信仰の権法とも言うべき教えであり、神の悟しでもある。

(出エジプト紀第20章1節)神はこのすべての言葉を語って言われた。

(2節)わたしはあなたの神、主であって、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出した者である。
(3節)あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない。
(4節)あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水のなかにあるものの、どんな形をも造ってはならない。(5節)それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎むものには、父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼし、(6節)わたしを愛し、わたしの戒めを守るものには、恵みを施して千代(だい)に至るであろう。
と書いてある。

(注)新約聖書、(使徒行伝第17章24節以下)使徒パウロの証言。

(24節)この世界と、その中にある万物とを造った神は、天地の主であるのだから、手で造った宮などにはお住みにならない。(25節)また、何か不足でもしておるかのように、人の手によって仕えられる必要もない。神は、すべての人々に命と息と万物とを与え、(26節)また、ひとりの人から、あらゆる民族を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに時代を区分し、国土の境界を定めて下さったのである。

(27節)こうして、人々が熱心に追い求めて捜しさえすれば、神を見いだせるようにして下さった。事実、神はわれわれひとりびとりから遠く離れておいでになるのではない。(28節)われわれは神のうちに生き、動き、存在しているからである。あなたがたのある詩人たちも言ったように、
『われわれも、確かにその子孫である』。

(29節)このように、われわれは神の子孫なのであるから、神たる者を、人間の技巧や空想で金や銀や石などに彫り付けたものと同じと、見なすべきではない。

(30節)神は、このような無知の時代を、これまでは見過ごしにされていたが、今はどこにおる人でも、みな悔い改めなければならないことを命じておられる。

(31節)神は、義をもってこの世界をさばくためその日を定め、お選びになったかたによってそれをなし遂げようとされている。すなわち、このかたを死人の中からよみがえらせ、その確証をすべての人に示されたのである」。

また、(申命記第27章15節)『工人の手の作である刻んだ像、または鋳(い)た像は、主が憎まれるものであるから、それを造って、ひそかに安置する者はのろわれる』。民は、みな答えてアァメンと言わなければならない。

(イザヤ書第44章9節〜)偶像を造る者は皆むなしく、彼らの喜ぶところのものは、なんの役にも立たない。その信者は見ることもなく、また知ることもない。ゆえに彼らは恥を受ける。(10節)だれが神を造り、またなんの役にも立たない偶像を鋳たか。(11節)見よ、その仲間は皆恥を受ける。その細工人らは人間にすぎない。彼らが皆集まって立つとき、恐れて共に恥じる。

(12節)鉄の細工人はこれを造るのに炭の火をもって細工し、鎚(つち)をもってこれを造り、強い腕をもってこれを鍛える。彼が飢えれば力は衰え、水を飲まなければ疲れはてる。(13節)木の細工人は線を引き、鉛筆でえがき、かんなで削り、コンパスでえがき、それを人の美しい姿にしたがって人の形に造り、家の中に安置する。
(14節)彼は香伯(こうはく)を切り倒し、あるいはかしの木、あるいはかしわの木を選んで、それを林の木の中で強く育てる。あるいは香伯を植え、雨にそれを育てさせる。

(15節)こうして人はその一部をとって、たきぎとし、これをもって身を暖め、またこれを燃やしてパンを焼き、また他の一部を神に造って拝み、刻んだ像に造ってその前にひれ伏す。
(16節)その半ばは火に燃やし、その半ばで肉を煮て食べ、あるいは肉をあぶって食べ飽き、また身を暖めて言う、「ああ、暖まった、熱くなった」と。
(17節)そしてその余りをもって神を造って偶像とし、その前にひれ伏して拝み、これに祈って、「あなたはわが神だ、わたしを救え」と言う。

また、(詩篇第115編4節)彼らの偶像はしろがねと、こがねで、
人の手のわざである。
(5節)それは口があっても語ることができない。
目があっても見ることができない。
(6節)耳があっても聞くことができない。
鼻があってもかぐことができない。
(7節)手があっても取ることができない。
足があっても歩くことができない。
また、のどから声を出すこともできない。
(8節)これを造る者と、これに信頼する者とはみな、
これと等しい者になる。

(所見)今も日本全土に、巍然(ぎぜん)たるままの、木像の仏や金銀の仏像などを造り、広大な敷地を使って、その存在を誇張している。本当にその教が真理であればよいが、信仰は自由だとは、人間が言っていることであり、天地の造り主である全能の神の言葉ではないのだ。
日本人は聖書の言う様に、なお無知な時代を過すのか。

(使徒行伝第17章30節)に書いてあるように、神は、このような無知の時代を、これまでは見過ごしにされていたが、今はどこにおる人でも、みな悔い改めなければならないことを命じておられる。
(31節)神は、義をもってこの世界をさばくためその日を定め、お選びになったかたによってそれをなし遂げようとされている。すなわち、このかたを死人の中からよみがえらせ、その確証をすべての人に示されたのである」。

聖霊の働きその18

(使徒行伝第18章1節)その後、パウロはアテネを去ってコリントへ行った。(2節)そこで、アクラというポント生れのユダヤ人と、その妻プリスキラとに出会った。クラウデオ帝が、すべてのユダヤ人をロ−マから退去させるようにと、命令したため、彼らは近ごろイタリヤから出てきたのである。(3節)パウロは彼らのところに行ったが、互に同業であったので、その家に住み込んで、一緒に仕事をした。天幕造りがその職業であった。(4節)パウロは安息日ごとに会堂で論じては、ユダヤ人やギリシャ人の説得に努めた。

(5節)シラスとテモテが、マケドニヤから下ってきてからは、パウロは御言を伝えることに専念し、イエスがキリストであることを、ユダヤ人たちに力強くあかしした。(6節)しかし、彼らがこれに反抗してののしり続けたので、パウロは自分の上着を振りはらって、彼らに言った、「あなたがたの血は、あなたがた自身にかえれ。わたしには責任がない。今からわたしは異邦人の方に行く」。

(7節)こう言って、彼はそこを去り、テテオ・ユストという神を敬う人の家に行った。その家は会堂と隣り合っていた。(8節)会堂司クリスポは、その家族一同と共に主を信じた。また多くのコリント人も、パウロの話を聞いて信じ、ぞくぞくとバプテスマを受けた。

(9節)すると、ある夜、幻のうちに主がパウロに言われた、「恐れるな、語りつづけよ、黙っているな。(10節)あなたには、わたしがついている。だれもあなたを襲って、危害を加えるようなことはない。この町には、わたしの民が大ぜいいる」。

(11節)パウロは一年六か月の間ここに腰をすえて、神の言を彼らの間に教えつづけた。

(12節)ところが、ガリオがアカヤの総督であった時、ユダヤ人たちは一緒になってパウロを襲い、彼を法廷に引っぱって行って訴えた、(13節)「この人は、律法にそむいて神を拝むように、人々をそそのかしています」。(14節)パウロが口を開こうとすると、ガリオはユダヤ人たちに言った、「ユダヤ人諸君、何か不法行為とか、悪質の犯罪とかのことなら、わたしは当然、諸君の訴えを取り上げもしようが、(15節)これは諸君の言葉や名称や律法に関する問題なのだから、諸君みずから始末するがよかろう。わたしはそんな事の裁判人にはなりたくない」。

(16節)こう言って、彼らを法廷から追いはらった。(17節)そこで、みんなの者は、会堂司ソステネを引き捕らえ、法廷の前で打ちたたいた。ガリオはそれに対して、そ知らぬ顔をしていた。

(18節)さてパウロは、なお幾日ものあいだ滞在した後、兄弟たちに別れを告げて、シリヤへ向け出帆した。プリスキラとアクラも同行した。パウロは、かねてから、ある誓願を立てていたので、ケンクレヤで頭をそった。(19節)一行がエペソに着くと、パウロはふたりをそこに残しておき、自分だけ会堂にはいって、ユダヤ人たちと論じた。

(20節)人々は、パウロにもっと長いあいだ滞在するように願ったが、彼は聞き入れないで、(21節)「神のみこころなら、またあなたがたのところに帰ってこよう」と言って、別れを告げ、エペソから船出した。(22節)それから、カイザリヤで上陸してエルサレムに上り、教会にあいさつしてから、アンテオケに下って行った。(23節)そこにしばらくいてから、彼はまた出かけ、ガラテヤおよびフルギヤの地方を歴訪して、すべての弟子たちを力づけた。

(24節)さて、アレキサンデリヤ生れで、聖書に精通し、しかも、雄弁なアポロというユダヤ人が、エペソにきた。(25節)この人は主の道に通じており、また、霊に燃えてイエスのことを詳しく語ったり教えたりしていたが、ただヨハネのバプテスマしか知っていなかった。(26節)彼は会堂で大胆に語り始めた。それをプリスキラとアクラとが聞いて、彼を招き入れ、さらに詳しく神の道を解き聞かせた。

(27節)それから、アポロがアカヤに渡りたいと思っていたので、兄弟たちは彼を励まし、先方の弟子たちに、彼をよく迎えるようにと、手紙を書き送った。彼は到着して、すでにめぐみによって信者になっていた人たちに、大いに力になった。(28節)彼はイエスがキリストであることを、聖書に基いて示し、公然と、ユダヤ人たちを激しい語調で論破したからである。

(注)この様に、聖書に精通していても、雄弁であっても、〔水と霊〕とのバプテスマを受けて、「救われていなければ」聖書に精通している意義ありとは言えない。

聖霊の働きその19

(使徒行伝第19章1節)アポロがコリントにいた時、パウロは奥地をとおってエペソにきた。そして、ある弟子たちに出会って、(2節)彼らに「あなたがたは、信仰にはいった時に、聖霊を受けたのか」と尋ねたところ、「いいえ、聖霊なるものがあることさえ、聞いたことがありません」と答えた。

(3節)「では、だれの名によってバプテスマを受けたのか」と彼が聞くと、彼らは「ヨハネの名によるバプテスマを受けました」と答えた。(4節)そこで、パウロが言った、「ヨハネは悔改めのバプテスマ授けたが、それによって、自分のあとに来るかた、すなわち、イエスを信じるように、人々に勧めたのである」。(5節)人々はこれを聞いて、主イエスの名によるバプテスマを受けた。
(6節)そして、パウロが彼らの上に手をおくと、聖霊が彼らにくだり、それから彼らは異言を語ったり、預言をしたりし出した。(7節)その人たちはみんなで十二人ほどであった。

(8節)それから、パウロは会堂にはいって、三か月のあいだ、大胆に神の国について論じ、また勧めをした。

(注)福音の目的は、神の国に生まれる事である。永遠の救いは、黙示録第21章の、新天新地に入ることで完成される。故に、パウロは、彼の十二名の弟子達に、主イエスの名による、バプテスマを授けて、聖霊を受けさせたのだ。なお三か月間、大胆に神の国を論じ、弟子たちの信仰を強化した。

(9節)ところが、ある人たちは心かたくなにして、信じようとせず、会衆の前でこの道をあしざまに言ったので、彼は弟子たちを引き連れて、その人たちから離れ、ツラノの講堂で毎日論じた。(10節)それが二年間も続いたので、アジヤに住んでいる者は、ユダヤ人もギリシャ人も皆、主の言を聞いた。

(11節)神はパウロの手によって、異常な力あるわざを次々になされた。(12節)たとえば、人々が、彼の身につけている手ぬぐいや前掛けを取って病人にあてると、その病気が除かれ、悪霊が出て行くのであった。

(13節)そこで、ユダヤ人のまじない師で、遍歴している者たちが、悪霊につかれている者にむかって、主イエスの名をとなえ、「パウロの宣べ伝えているイエスによって命じる。出て行け」と、ためしに言ってみた。(14節)ユダヤの祭司長スケワという者の七人のむすこたちも、そんなことをしていた。
(15節)すると悪霊がこれに対して言った、「イエスなら自分は知っている。パウロもわかっている。だが、おまえたちは、いったい何者だ」。(16節)そして、悪霊につかれている人が、彼らに飛びかかり、みんなを押しつけて負かしたので、彼らは傷を負ったまま裸になって、その家を逃げ出した。

(注)悪霊は、自分より弱い人に対しては、脅したり、はずかしめたり、散々な言葉をあびせて来るが、自分より強い人に対しては、その人の言うことにすなおに従うし、色々とほめたり、お世辞を言ったりして、言葉たくみにごまかすのである。また、聖霊の権威をもった人が来ると、言葉も無く、逃げ出すものも多いのである。逃げ出す時には、大きな声を出して、わめきながら、出て行くこともある。

(17節)このことがエペソに住むすべてのユダヤ人やギリシャ人に知れわたって、みんな恐怖に襲われ、そして、主イエスの名があがめられた。(18節)また信者になった者が大ぜいきて、自分の行為を打ちあけて告白した。(19節)それから、魔術を行なっていた多くの者が、魔術の本を持ち出してきては、みんなの前で焼き捨てた。その値段を総計したところ、銀五万にも上ることがわかった。
(20節)このようにして、主の言はますます盛んにひろまり、また力を増し加えていった。

(21節)これらの事があった後、パウロは御霊に感じて、マケドニヤ、アカヤをとおって、エルサレムへ行く決心をした。そして言った、「わたしは、そこに行ったのち、ぜひロ−マをも見なければならない」。(22節)そこで、自分に仕えている者の中から、テモテとエラストとのふたりを、まずマケドニヤに送り出し、パウロ自身は、なおしばらくアジヤにとどまった。


(23節)そのころ、この道について容易ならぬ騒動が起こった。(24節)そのいきさつは、こうである。デメテリオという銀細工人が、銀でアルテミス神殿の模型を造って、職人たちに少なからぬ利益を得させていた。(25節)この男が職人たちや、同類の仕事をしていた者たちを集めて言った、「諸君、われわれがこの仕事で、金もうけをしていることは、ご承知のとおりだ。(26節)しかるに、諸君の見聞きしているように、あのパウロが手で造られたものは神様ではないなどと言って、エぺソばかりか、ほとんどアジヤ全体にわたって、大ぜいの人を説きつけて誤らせた。
(27節)これでは、お互いの仕事に悪評が立つおそれがあるばかりか、大女神アルテミスの宮も軽んじられ、ひいては全アジヤ、いや全世界が拝んでいるこの大女神のご威光さえも、消えてしまいそうである。

(28節)これを聞くと、人々は怒りに燃え、大声で「大いなるかな、エぺソ人のアルテミス」と叫びつづけた。(29節)そして町中が大混乱に陥り、人々はパウロの道連れであるマケドニヤ人ガイオとアリスタルコとを捕らえて、いっせいに劇場へなだれ込んだ。(30節)パウロは群衆の中にはいって行こうとしたが、弟子たちがそれをさせなかった。(31節)アジヤ州の議員で、パウロの友人であった人たちも、彼に使をよこして、劇場にはいって行かないようにと、しきりに頼んだ。(32節)中では、集会が混乱に陥ってしまって、ある者はこのことを、ほかの者はあのことを、どなりつづけていたので、大多数の者は、なんのために集まったのかも、わからないでいた。(33節)そこで、ユダヤ人たちが、前に押し出したアレキサンデルなる者を、群衆の中のある人たちが促したため、彼は手を振って、人々に弁明をこころみようとした。


(34節)ところが、彼がユダヤ人だとわかると、みんなの者がいっせいに「大いなるかな、エペソ人のアルテミスと二時間ばかりも叫びつづけた。(35節)ついに、市の書紀役が群衆を押し静めて言った、「エペソの諸君、エペソ市が大女神アルテミスと、天くだったご神体との守護役であることを知らない者が、ひとりでもいるだろうか。(36節)これは否定できない事実であるから、諸君はよろしく静かにしているべきで、乱暴な行動は、いっさいしてはならない。

(37節)諸君はこの人たちをここにひっぱってきたが、彼らは宮を荒す者でも、われわれの女神をそしる者でもない。(38節)だから、もしデメテリオなりその職人仲間なりが、だれかに対して訴え事があるなら、裁判の日はあるし、総督もいるのだから、それぞれ訴え出るがよい。(39節)しかし、何かもっと要求したい事があれば、それは正式の議会で解決してもらうべきだ。

(40節)きょうの事件については、この騒ぎを弁護できるような理由が全くないのだから、われわれは治安をみだす罪に問われるおそれがある」。(41節)
こう言って、彼はこの集会を解散させた。

(体験記:奄美(与論)-2を参照)

聖霊の働きその20

(使徒行伝第20章1節)騒ぎがやんだ後、パウロは弟子たちを呼び集めて激励を与えた上、別れの挨拶を述べ、マケドニヤへ向かって出発した。(2節)そして、その地方をとおり、多くの言葉で人々を励ましたのちギリシヤにきた。(3節)彼はそこで三か月を過ごした。それからシリヤへ向って、船出しようとしていた矢先、彼に対するユダヤ人の陰謀が起こったので、マケドニヤを経由して帰ることに決した。(4節)プロの子であるベレヤ人ソパテロ、テサロニケ人アリスタルコとセクンド、デルベ人ガイオ、それからテモテ、またアジヤ人テキコとトロピモがパウロの同行者であった。

(所見)色々な土地の出身者が、パウロに同行しているが、これらの人々は、パウロの伝道で救われた弟子達であったか?また、主イエスについて行った、ガリラヤの漁師たちの時の様に、その土地、その土地の信者達の中から、選ばれた弟子達で、「水と霊」との、バプテスマを受けて、救われた信者で、教育も神の言葉によってなされ、イエス・キリストに属し、キリストの体なる教会に属して、キリストと一体になった者である。だれの信者でもない、キリストの弟子である。聖霊はそのために働いているのである。

(5節)この人たちは先発して、トロアスでわたしたちを待っていた。(6節)わたしたちは、徐酵祭(じょこうさい)が終ったのちに、ピリピから出帆し、五日かかってトロアスに到着して、彼らと落ち合い、そこに七日間滞在した。

(7節)週の初めの日に、わたしたちがパンをさくために集まった時、パウロは翌日出発することにしていたので、しきりに人々と語り合い、夜中まで語りつづけた。(8節)わたしたちが集まっていた屋上の間には、あかりがたくさんともしてあった。(9節)ユテコという若者が窓に腰をかけていたところ、パウロの話がながながと続くので、ひどく眠けがさしてきて、とうとうぐっすり寝入ってしまい、三階から下に落ちた。抱き起こしてみたら、もう死んでいた。


(10節)そこでパウロは降りてきて、若者の上に身をかがめ、彼を抱きあげて、「騒ぐことはない。まだ命がある」と言った。(11節)そして、また上がって行って、パンをさいて食べてから、明けがたまで長いあいだ人々と語り合って、ついに出発した。(12節)人々は生きかえった若者を連れかえり、ひとかたならず慰められた。

(13節)さて、わたしたちは先に舟に乗り込み、アソスへ向かって主帆した。そこからパウロを舟に乗せて行くことにしていた。彼だけは陸路をとることに決めていたからである。(14節)パウロがアソスで、わたしたちと落ち合った時、わたしたちは彼を舟に乗せてミテレネに行った。

(15節)そこから出帆して、翌日キヨスの沖合にいたり、次の日にサモスに寄り、その翌日ミレトに着いた。(16節)それは、パウロがアジヤで時間をとられないため、エペソには寄らないで続航することに決めていたからである。彼は、できればペンテコステの日には、エルサレムに着いていたかったので、旅を急いだわけである。

(17節)そこでパウロは、ミレトからエペソに使をやって、教会の長老たちを呼び寄せた。(18節)そして、彼のところに寄り集まってきた時、彼らに言った。
「わたしが、アジヤの地に足を踏み入れた最初の日以来、いつもあなたがたとどんなふうに過してきたか、よくご存じである。(19節)すなわち、謙遜の限りをつくし、涙を流し、ユダヤ人の陰謀によってわたしの身に及んだ数々の試練の中にあって、主に仕えてきた。(20節)また、あなたがたの益になることは、公衆の前でも、また家々でも、すべてあますところなく話して聞かせ、また教え、(21節)ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神に対する悔改めと、わたしたちの主イエスに対する信仰とを、強く勧めてきたのである。

(22節)今や、わたしは御霊に迫られてエルサレムへ行く。あの都で、どんな事がわたしの身にふりかかって来るか、わたしにはわからない。(23節)ただ聖霊が至るところの町々で、わたしにはっきり告げているのは、投獄と患難とが、わたしを待ちうけているということだ。(24節)しかし、わたしは自分の行程を走り終え、主イエスから賜わった、神のめぐみの福音をあかしする任務を果し得さえしたら、このいのちは自分にとって、少しも惜しいとは思わない。


(25節)わたしはいま信じている、あなたがたの間を歩き回って御国を宣べ伝えたこのわたしの顔を、みんなが今後二度と見ることはあるまい。(26節)だから、きょう、この日にあなたがたに断言しておく。わたしは、すべての人の血について、なんら責任がない。(27節)神のみ旨を皆あますところなく、あなたがたに伝えておいたからである。(28節)どうか、あなたがた自身に気をつけ、また、すべての群れに気をくばっていただきたい。聖霊は、神が御子の血であがない取られた神の教会を牧させるために、あなたがたをその群れの監督者にお立てになったのである。

(29節)わたしが去った後、狂暴なおおかみが、あなたがたの中にはいり込んできて、容赦なく群れを荒らすようになることを、わたしは知っている。(30節)また、あなたがた自身の中からも、いろいろ曲がったことを言って、弟子たちを自分の方に、ひっぱり込もうとする者らが起こるであろう。(31節)だから、目をさましていなさい。そして、わたしが三年の間、夜も昼も涙をもって、あなたがたひとりびとりを絶えずさとしてきたことを、忘れないでほしい。


(32節)今わたしは、主とその恵みの言(ことば)とに、あなたがたをゆだねる。御言(みことば)には、あなたがたの徳をたて、聖別されたすべての人々と共に、御国をつがせる力がある。

(33節)わたしは、人の金や銀や衣服をほしがったことはない。(34節)あなたがた自身が知っているとおり、わたしのこの両手は、自分の生活のためにも、また一緒にいた人たちのためにも、働いてきたのだ。
(35節)わたしは、あなたがたもこのように働いて、弱い者を助けなければならないこと、また『受けるよりは与える方が、幸いである』と言われた主イエスの言葉を記憶しているべきことを、万事について教え示したのである」。

(36節)こう言って、パウロは一同と共にひざまずいて祈った。(37節)みんなの者は、はげしく泣き悲しみ、パウロの首を抱いて、幾度も接吻し、(38節)もう二度と自分の顔を見ることはあるまいと彼が言ったので、特に心を痛めた。それから彼を舟まで見送った。

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