八重山体験記
(一)


沖縄‐1より
最初の奇跡

八重山に上陸して、その夜は先に石垣に帰った友人を訪ねた。
彼は、八重山メソジスト教会の娘と婚約していたのである。
その日は水曜日で、教会では祈祷会が行われていた。友人が私を教会の信者達に紹介すると、信者たちに証をしてくれと求められた。
私は、沖縄で神が為されたことを証したのである。
祈祷会が終り、信者達は、異口同音にパウロの様だ、パウロの様だといった。そして、実は、いま危篤状態の人がいるので、是非祈ってほしいと懇願された。

私は、もう夜中ですから、明日にしたらどうですかと言ったが、明日まで持つか持たないかも分らないので、今夜のうちに、是非お願いしますと言われるのである。それで、教会の長老達に案内されて行くと、病人は寝たきりで、やせ細って虫の息である。奥さんの助けなしでは、何も出来ない状態であった。
見ると、病人は病の霊に憑かれている事が分かったので、先ず、病の霊を追い出し、病人に近づいて、頭に手をおいて、「イエス・キリストの御名によって、この病い癒されたり」と言った。

お祈りを終えると、お茶が出されたので、お茶を飲んでいると、身動きの出来ない病人が、起き上がったのである。皆驚いて「奇跡だ、奇跡が起こった」と言った。病人も癒された事が未だ信じられないのか、「私は、本当に治ったのですか」と言った。

私は病人に言った、「あなたは、今どうして起きられたのですか、癒されなければ、起きてはいられないでしょう」と言うと、自分が癒された事を知って、「私は新聞社に行って、私の様に病気をして、苦しんでいる人々にこの事を伝えて、救ってやりたい」と言ったのである。

同席していた八重山メソジスト教会の信者達は、イエス様に感謝の祈りを捧げて、喜び合っていたのである。
その夜、私達が帰った後で、癒された病人は、トイレに行きたくなって、奥さんを起こしたが、奥さんは安心と、長い看病の疲れもあったのか、起こしても起きなかったのである。

ご主人は気分も良く、体も軽く力づいて、歩けるかも知れないと思って、ゆっくり立ち上がって歩いてみると歩けたので、家の裏に有るトイレまで歩いた。体が衰弱していて、トイレに座ってから、意識を失ってしまった。

すると、イエス様が近寄ってきて、やさしい声で、『如何ですか』と言われた。はっと気がついて、それから体に力が与えられて、喜びに満たされて、家にかえった事を、あとで証をしてくれたのである。

評判になった
私は、妹のとつぎ先に宿をとっていた。寝ている私を妹が起こして、「兄さんに会いたいと、人々が並んで待っているよ」と言うので、起き上がって、急いで身支度して、私を訪ねたワケを聞くと、昨夜の事が早、評判になっている事がわかった。

順番に従って、家々の相談を聞いたのであるが、みんな病人のことである。
その日から、毎日各家庭の悩みに答えて、イエス様の約束と、癒しを証したのである。家族毎に、聖霊を受けさせた。神は病人の家族全員に聖霊を授けられたのである。

主イエスの御名によって、癒される人々が、毎日の様に増えていった。
昼間は病人が癒され、夜は何処からと無く、家庭集会の申し込みがあった。
毎晩その申しでに応じて家庭集会を行った。その日の説教は、その日に行われた奇跡の証をしたのである。集った人々は、聖霊待望をして祈り、全会衆に、神は聖霊を授けられたのである。

聖霊待望会は、様々な聖霊の働きが起った。泣き出す人、お腹を抱えて笑いころげる人、祈りながらひっくり返る人、みな聖霊に満たされて、異言のお祈りが止まない人等で、色々な聖霊の取り扱いがあったのである。
主イエスの顕現(けんげん)
評判が広がっていくに従って、八重山メソジスト教会の長老の一人に、市議会議員がいて、その議員を中心に、周りの信者達まで、洗脳されてて教派が違う等と言って、伝道の妨害をするようになった。聖霊に逆らう罪は、この世においても、後の世においても、許されないとある。(マタイ伝第12章32節)

私は、聖霊を汚さない様にと思い、八重山メソジスト教会の人達に、注意しにいった。注意したあと関係の無い人々と、その教会の為に、とりなしのお祈りをしていると、突然イエス様が現れて、私に言われた、『教会は唯一つである。教会の権威を汝に与える』と、言われて、私の頭に手を置って、祝福された。

私は、全身の感覚を失い、天に引き上げられたのか、地上に居るのか、自分の体が何処に有るのか、全く、感覚を失って、何も分からなくなってしまったのである。その時のイエス様は、髪の毛も顔ひげも、真っ白で、手に杖を持っておられたのである。見るからに、全能の神の威厳を感じさせられたのである。

尚、見ているとモ−ゼが、イスラエルの民を引き連れて、杖を振りかざしながら、荒野を進んで行く光景を見せられた。そして言われた、『それがおまえの生涯である』と。
私はその時両手を挙げて、「主よ、モーセに与えられた、その奇跡の杖を、私に与えて下さい」と主にお願いした。その時、主が持っておられた杖を私の両手に乗せて、消えて行かれたのである。その時の光景は、今も脳裏に焼き付いて、昨日の様に鮮明に覚えている。(第12章聖霊の働きその2)
聖霊に満たされて
私はその時から、聖霊に満たされて、喜びに満ち溢れ、病人に手を置けば、即座に癒されるのである。
石垣市は狭い町で、噂が広がり、毎日の様に病人の家からは、来てくれと言って、助けを求めてきた。多勢の人々が、押し寄せてきたのである。
病人の家から招かれると、霊眼が開かれて、その家の中が見えた。病人を苦しめている病の霊が、家の中を右往左往して、逃げ出すのが見えた。

その瞬間に病は癒されていた。迎えに来た人に、病の霊が逃げ出して病人が癒されたと言っても、信じてくれない。もう病気は治りましたから、お帰りなさいと言うと、そうおっしゃらないで、家まで是非お願いしますと言うのである。呼びに来てくれた人の為に、一緒に行きますと、正しく病は癒されていた。

また、或る時は、病人の家から招かれて、行きましょうと、言ったとたんに、その家の中まで見えてきた。
そうすると、その家を支配していた病の霊が、家の中で隠れる場所を求めて、騒ぎだして、逃げ回っているのが見えた。

病の霊がその家を支配すると、家の中は暗く、私が迎えに来た人に、家に行くと言うと、悪霊が隠れる場所を求めて、家の中に有る仏壇の裏か、神棚の陰に隠れるのが見えたのである。また、ある時は、その家の門まで行くと、悪霊が隠れておれずに、逃げ出すのであった。

悪霊が逃げたあと、悪霊に汚されたその家を清めて、再び病の霊や、たたりの霊が戻って来ない様に、イエス・キリストの御名によって祈り、その家の内、外を清めてやったのである。その家の家族には、聖霊を受けるように勧めて、聖霊を受ける様に祈って手を置くと、聖霊が降り、異言を語り、慰めに満たされ、喜びに満たされ、家の中は明るくなり、家族も平安が与えられて、イエス様に感謝したのである。

イエス様の御名は益々崇(あが)められ、この福音は全市に広まり、人口2万余の石垣市では、病院に行く人もなく、映画を見に行く人もなく、また、他の宗教に行く人もいなくなり、毎晩の様に私の集会に集って来たのであった。
聖霊に満たされた時は
聖霊に満たされた時は、心は燃えるようになり、顔も真っ赤で目も赤く、心は喜びに満ち溢れて、体は酒に酔っぱらった様になり、病人に触(ふれ)ると即座に癒された。また、朝目が覚めると、天の啓示(けいじ)が始まると、終わるまでは体が全く動けず、完全に聖霊に支配されていた。このことは、半年以上続いた。目は覚めているので、意識ははっきりしているが、朝の啓示が終わるまでは、全く動けない状態であった。

天の啓示が終わると、体が全身しばれていた状態から解き放たれて、その日は終わるまで、聖書は開かれず、手に握っているだけで、聖書の御言葉が啓示されてくるので、私は聖書の何章の何節に、何と書いてある。開いて見なさいと言うと、其の通りの事が書いてあるので、神の啓示の正確さに、信者たちは誰一人疑う者が無かったのである。私はあやつり人形の様になり、聖霊に語らされるままに、説教していたのである。

其の間、聖書は開かれず、手に握っているだけで、天からの啓示を、聖霊が語らせるまま、語っていたのである。集会が終わると、癒しを求めて、神癒祈祷して貰いたい人が、前に出て来るので、病人のためには、オリーブ油を注いで、頭に手を置いて祈り、イエス・キリストの御名によって癒されたりと言うと、病気は即座に癒されるのである。

聖霊に導かれて、主の御用することは楽しく、力と知恵に満たされて、神が共に働いて下さるので、"しるし"と、"不思議"と、様々な力ある御業が行なわれ、神の栄光が現われるので、神の国の中で福音を語る心強さを、主イエス様に感謝するのである。
全き救いは「水と霊」
教会が出来ると、救いを求められる人々は、教会を訪ねて来るようになった。神の御業は益々盛んに行なわれ、そして、二ヶ月が過ぎた頃、聖霊を受けた人々が、2百名余に及び、洗礼を受けたいと、希望する人が増えてきた。
或る日、洗礼を行う場所を求めて、一人の兄弟と、一人の女子高校生が参加して、自転車で、視察に出掛けた。

洗礼式に適当な川をさがして、石垣市から大分離れた白保の町を過ぎた所で、小川を見つけて、其の日はそこで二人の洗礼式を執り行ったのである。

洗礼式最初の体験
最初の洗礼式で、厳粛な気持ちになった。まず、洗礼式の説明をした後、洗礼の祝福を祈り、すべてを主に委ねて、水の中にくだった。両手を挙げて祈った時、全宇宙がイエス・キリストの御血に、塗りつぶされて、神の元から、罪の許しが、実在を為して、下って来るのを目撃したのである。

聖霊が私の口をついて、『イエス・キリストの御名』によって、バプテスマを施すと宣言して、全身を水の中に没入させて、バプテスマを授けたのである。
洗礼を受けた後の兄弟姉妹の顔は輝き、新しく生まれ変って、別人の顔をしていたのである。

わずか一秒間の間であるが、イエス・キリストの御血の中に、没入して、バプテスマを授けられると、水から上った時の顔は輝き、新しく生まれ変わったことを実感して感謝感激に涙する者や、喜びに満ち溢れている者、また、イエス・キリストの御名による、洗礼式には多くの、奇跡と、不思議な事が起った。
完全に癒されて、感謝、感激で涙を流して、主イエス・キリストに感謝する者も多かったのである。
最初の洗足式
洗礼式のあと、洗足式を行うのであるが、洗足式に関する聖書の説明をして、洗足の祝福を祈り、タライに水を入れて、タオルを腰にまき、主イエス・キリストの御名によって、洗足式を宣言して足を洗い、洗い終わった足をタオルで拭いて、洗足式が終わるのである。
洗足に対する聖書の教え
主イエスは命じて言われました。(ヨハネ伝第13章)(1節)過越(すぎこし)の祭りの前に、イエスは、この世を去って父のみもとに行くべき自分の時がきたことを知り、世にいる自分の者たちを愛して、彼らを最後まで愛し通された。
(2節)夕食のとき、悪魔はすでにシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを裏切ろうとする思いを入れていたが、(3節)イエスは、父がすべてのものを自分の手にお与えになったこと、また、自分は神から出てきて、神にかえろうとしていることを思い、(4節)夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいをとって腰に巻き、(5節)それから水をたらいに入れて、弟子たちの足を洗い、腰に巻いた手ぬぐいでふき始められた。

(6節)こうして、シモン・ペテロの番になった。すると彼はイエスに、「主よ、あなたがわたしの足をお洗いになるのですか」と言った。(7節)イエス彼に答えて言われた、「わたしのしていることは今はあなたにはわからないが、あとでわかるようになるであろう」。

(8節)ペテロはイエスに言った、「わたしの足は決して洗わないで下さい」。イエスは彼に答えられた、「もしわたしがあなたの足を洗わないなら、あなたはわたしとなんの係わりもなくなる」。(9節)シモン・ペテロはイエスに言った、「主よ、では、足だけではなく、どうぞ、手も頭も」。

(10節)イエスは彼に言われた、「すでにからだを洗った者は、足のほかは洗う必要がない。全身がきれいなのだから。あなたがたはきれいなのだ。しかし、みんながそうなのではない」。(11節)イエスは自分を裏切る者を知っておられた。それで「みんながきれいなのではない」と言われたのである。

(12節)こうして彼らの足を洗ってから、上着をつけて、ふたたび席にもどって、彼らに言われた、「わたしがあなたがたにしたことがわかるか。
(13節)あなたがたがわたしを教師、また主と呼んでいる。そう言うのは正しい。わたしはそのとおりである。(14節)しかし、主であり、また教師であるわたしが、あなたがたの足を洗ったからには、あなたがたもまた、互に足を洗い合うべきである。

(15節)わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしは手本をしめしたのだ。(16節)よくよくあなたがたに言っておく。僕はその主人にまさるものではなく、つかわされた者は、つかわした者にまさるものではない。(17節)もしこれらのことがわかっていて、それを行うなら、あなたがたはさいわいである。

(18節)あなたがた全部の者について、こう言っているのではない。わたしは自分が選んだ人たちを知っている。(ヨハネ伝第13章16節〜18節)このことは、主イエスが十字架にかけられるまえの日、最後の晩餐の席で行われたことであった。
二回目の洗礼式
二回目の洗礼式は、バス2台を貸切りして行った。当日は既に聖霊を受けている信者達で人数は90名である。大浜町を通り過ぎて、宮良部落との間を流れている宮良川までバスで行き、洗礼式の前に説明を行い、洗礼式が祝福されるように全員、異言で祈った。

洗礼は一人ずつ順番に行われるのである。先ず、洗礼を受ける者と、洗礼を授ける者が、水の中に下り、牧師は天を仰ぎ両手を挙げて祈り、イエス・キリストの御名によって、バプテスマを施す、と宣言して、全身をイエス・キリストの御血の中に没入して、バプテスマを行うのである。

其の日は川の水が、キリストの御血に変わっていたのである。そして、洗礼式の初めから、終わりまで、イエス様が、水の上に立って、一人ひとりの洗礼を、見ておられた。その事は、ほとんどの信者が、目撃していたのであった。
使徒達の洗礼式は
(使徒行伝第2章37節〜42節)に記されている。(37節)人々はこれを聞いて、強く心を刺され、ペテロやほかの使徒たちに、「兄弟たちよ、わたしたちは、どうしたらよいのでしょか」と言った。(38節)すると、ペテロが答えた、「悔い改めなさい。そして、あなたがたひとりひとりが罪のゆるしを得るために、イエス・キリストの名によって、バプテスマを受けなさい。そうすれば、あなたがたは聖霊の賜物を受けるであろう。(39節)この約束は、われらの主なる神の召しにあずかるすべての者、すなわちあなたがたと、あなたがたの子らと、遠くの者一同とに、与えられているものである」。

(40節)ペテロは、ほかになお多くの言葉であかしをなし、人々に『この曲がった時代から救われよ』と言って勧めた。(41節)そこで、彼の勧めの言葉を受けいれた者たちは、バプテスマを受けたが、その日、仲間に加わったものが三千人ほどあった。(42節)そして一同はひたすら、使徒たちの教を守り、信徒の交わりをなし、共にパンをさき祈りをしていた。
これは、最初に行われた、使徒たちの洗礼式である。以後、洗礼は,いつ、何処で、誰が行なっても、洗礼式、(バプテスマ)は、主イエス・キリストの御名によって行なわれたのである。
洗足式
洗礼式のあとに、洗足式を行うのであるが、90名の洗礼式が終わり、引き続き、洗足式を行う間、初めから、終わりまで、主イエスがそばに立たれて、一人ひとりの洗足を見ておられたのである。信者達は、恐れおののき、泣きながら、中々足を出さない人もいたが、腰も痛いし、90名の洗足式を、終わらすまでには、2時間余の時間が、かかったのである。
身代わり洗礼
洗礼式と、洗足式を終った所で、一人の姉妹が来て、先生、先祖の身代わり洗礼をお願いしますと言うのである。私は、形式的な事はしない、と断ると、「先生は、先祖の救いは、身代わり洗礼である、と教えられました。私は聖書を信じます」と言うので、聖書を信じる、と言うのであれば、身代わり洗礼を致しましょうと言った。

死者の身代わり洗礼は、まだ、経験が無いのであるが、黄泉の世界に居る先祖の霊に対して、どの様に呼びかければよいのか、分からなかった。誰の身代わりですか、と聞くと、主人の亡き父の身代わりです、と言うのである。黄泉の世界にいる、亡き父の霊の為に祈り、その霊に対して、イエス・キリストの御名によって、バプテスマを施すと宣言して、バプテスマを授けた。すると、その亡き父が、黄泉の世界から、解き放たれて、天に昇って行く姿を、目撃させられたのである。
身代わりの洗足式
黄泉の世界から、天のパラダイスに移された死者の洗足式を行う為には、身代わり洗礼を受けた人が、死者の身代わりに、洗足式まで受けなければならない。足を洗っている間、イエス様が、そばに立って、見て居られたのである。
また、身代わりの洗足が終るまでに、その人が、生前歩んだ全生涯の歩みを、走馬灯の様に、見せられたのであった。

身代わり洗礼と、身代わりの洗足式の時、イエス様が現れたのは、石垣市の宮良川と、与那国町久部良の海岸の洗礼と、洗足式の二度である。

黄泉の世界にいる、霊に対して、イエス・キリストの御名によって、バプテスマを施すと宣言して、バプテスマを授けた。その瞬間、黄泉の世界から、解放された死者の霊が、天に昇って行く姿を、目撃させられた。

目の前で天に挙げられた死者の洗足式の時、その人の全生涯の歩みを、パノラマの様に見せられた事。そればかりか、洗足が終わるまで、初めから終わりまで、イエス様がそばに立たれたことは、厳粛な事で、恐れを感じさせられたのであった。心から神の前に、ひれ伏した所以(ゆえん)である。

死者の身代わり洗礼は、(コリント前書第15章29節)に書いてあるが、死者を黄泉の世界から、救い出す為には、死者の為に、身代わり洗礼を行う以外に道はないと、確信した事である。先祖は、黄泉の世界で、救い出されることを、切に願っているのである。聖書には、世間で言うように、誰でも簡単に、天国に行ける分けではありません。
イエスの御血の使用
イエス様の御血は、三回だけ用いる事が許されている。それは、洗礼式と、洗足式と聖餐式の三聖典である。
バプテスマの真の意義
バプテスマは、主イエス・キリストとの、死と、葬りと、復活に等しく、新しく生まれ変って、キリストと一体になる事である。(ロマ書第6章1節〜5節)(1節)では、わたしたちは、なんと言おうか。恵みが増し加わるために、罪にとどまるべきであろうか。

(2節)断じてそうではない。罪に対して死んだわたしたちが、どうして、なお、その中に生きておられるだろうか。
(3節)それとも、あなたがたは知らないのか。キリスト・イエスにあずかるバプテスマをうけたわたしたちは、彼の死にあずかるバプテスマを受けたのである。
(4節)すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。
(5節)もしわたしが、彼に結びついてその死の様にひとしくなるなら、さらに、彼の復活の様にひとしくなるであろう。と記されている。
キリストの御血で足を洗う
ある日、一人の婦人が教会に、かけこんできた。
「先生異言が出ない、苦しいです、お祈りをお願いします。」
私が、「何をしたのですか」と聞くと、「なぜ異言が出ないのか分らない。
お祈りしても、異言が出なくて胸が苦しいです。」

私は、いつもの様に、オリーブ油を注いで、神癒祈祷をしようとした所、タライが示され、タライの中に、キリストの十字架が現れた。
見ていると、十字架かに架けられた、イエス・キリストの体から、御血がしたたり落ちて、タライの水が真っ赤になったのである。

私は、洗足式をする様に、主がお示しになった。と悟って、タライに水を入れて、洗足をすると、この姉妹は、胸を撫で下ろして、胸につかえていた苦しみが取りのぞかれたのである。洗足をしただけで、悪魔サタンの支配から開放されたのである。この姉妹は、喜びが満たされて、主に感謝のお祈りを捧げたのであった。

また、悪霊に取り憑かれて、中々追い出せない、しつこい霊の場合も、洗足式を行うだけで、悪霊が出ていったと言う例もあった。
聖餐式の奥義
(ヨハネ伝第6章33節)神のパンは、天から下ってきて、この世に命を与えるものである。(54節)わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者には、永遠
命があり、わたしはその人を終わりの日によみがえらせるであろう。
(55節)わたしの肉はまことの食物、わたしの血はまことの飲み物である。
(56節)わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者はわたしにおり、わたしもまたその人におる。

また、(マタイ伝第26章26節)一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福してこれをさき、弟子たちに与えて言われた、「取って食べよ、これはわたしのからだである」。(27節)また杯を取り、感謝して彼らに与えて言われた、「みな、この杯から飲め。(28節)これは、罪のゆるしを得させるようにと、多くの人のために流すわたしの契約の血である。
(29節)あなたがたに言っておく。わたしの父の国であなたがたと共に、新しく飲むその日までは、わたしは今後決して、ぶどうの実から造ったものを飲むことをしない」。と、聖書はこのように教えているのである。
聖餐(せいさん)はイエスの死を記念する
聖餐式は、キリストの死を記念して行うのである。(コリント前書第11章23節〜25節)(23節)わたしは、主から受けたことを、また、あなたがたに伝えたのである。すなわち、主イエスは、渡される夜、パンをとり、(24節)感謝してこれをさき、そして言われた、「これはあなたがたのための、わたしのからだである。わたしを記念するため、このように行いなさい」。

(25節)食事ののち、杯をも同じようにして言われた、「この杯は、わたしの血による新しい契約である。飲むたびに、わたしの記念として、このように行いなさい」。

また、(ヨハネ伝第6章51節〜56節)(51節)わたしは天から下ってきた生きたパンである。それを食べる者は、いつまでも生きるであろう。わたしが与えるパンは、世の命のために与えるわたしの肉である」。(53節)イエスは彼らに言われた、「よくよく言っておく。人の子の肉を食べず、また、その血を飲まなければ、あなたがたの内に命はない。

(54節)わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者には、永遠の命があり、わたしはその人を終わりの日によみがえるであろう。(55節)わたしの肉はまことの食物、わたしの血はまことの飲み物である。(56節)わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者はわたしにおり、わたしもまたその人におる。記されている。
悪魔の軍勢を撃退
聖餐式を行う事も初めてであった。信者が大勢であったため、パンも一つでは足りないと思い、念のために、大きなパンを、二つも作ったのである。これは、後で知ったことであるが、これは、私の間違いであった。やってはいけない事であった。聖書には、主の体が一つであるように、パンも一つでなければならいと書いてあるのである。反省

ただ今から、イエス・キリストの御名によって、聖餐式を行います。と宣言して、聖餐の祝福の為に異言でお祈りした。すると、悪魔の軍勢が押し寄せてきたのである。悪魔サタンの姿は、一人ひとりの実体が、真黒い姿ので集団であった。
大勢の悪魔サタンが、がやがや騒ぐので何を言っているのか、分からなかったが、私は、其れを無視して、聖餐式の為に、お祈りをつづけさせた。その時、信者の一人が、サタンに取り憑かれて、頭のてっぺんから、黄色い声を出して、踊り出したのである。

その時、天から二つの器が、講壇の上に下って来るのを見た。其れと同時に、私の上にも天から力が下ってきたのである。私は、聖餐式を乱そうとするサタンに振り回されている姉妹を、異言でしかった。すると、サタンがこの姉妹から離れ去ったので、姉妹は正気にかえって、泣き出したのである。

サタンは、聖餐のパンを、盗みにきたのである。パンを裂いて、信者達に分け与えるまでは、サタンは物凄い勢いで騒いでいたが、次に、主の御血であるぶどう酒を、杯についで、信者達に配ったとたんに、悪魔の軍勢は蜘蛛(くも)の子を散らすように、退散したのである。イエス・キリストの御血が、霊界において、如何に絶大な権威であるかを、改めて、教えられたのである。
天使に助けられた
私は第二回目の洗礼式の朝、予防注射の期限が今日までであると言うので、保建所に行って予防注射を打ってもらって、洗礼式に、出かけたのであるが、洗礼を受ける人が、90人と言う大勢の人で、一人ずつ洗礼と、洗足を行ったので、御用が終わるまでには大分時間が掛かった。洗礼式が終わって帰った時は、朝の予防注射の為か、大熱を出して頭が激しく痛み、教会の隣の家でやすんでいたのである。

教会では、私の為に慰労と、感謝会をしたいと、信者達が集って、讃美を歌っていた。その時天使が現れて、大きな羽で、寝ている私の顔を、二回あおいだ。とたんに、異言が勢いよく語らされたのであるが、そのことによって、頭の激しい痛みと、熱がすっかり取り去られたのである。

その事があって、私は教会に出ることができたのである。兄弟姉妹は、私の顔を見ると、どっと歓声を上げて喜んでくれたのである。実は、頭が激しく痛み、熱も40度以上あって、目も開けられない程であったが、天使が来て、羽で仰いでくれたので、完全に癒されて、教会に来れたと証すると、信者達は感動して、異言で祈り出し、イエス様の御名を崇めて、感謝したのであった。
教会の看板
信者達も多くなり、町の中心地に広い家を借り受けることができたのである。家主であり、教会の会計でもある、崎山兄弟が私に相談もなく、教会の看板を作って、自分の寝室の頭の上に、置いて寝ていたと言うのである。ある晩寝ていたら、イエス様が、頭の上に立たれたので、びっくりして、起き上がって、主の前にひれ伏して、気が付いたら、看板であったと言う。

朝早く教会の戸を叩く人があるので起きて見ると、崎山兄弟であった。先生にだまって、看板を作ったのですが、これ以上自分の家に、置く事は出来ません。教会において下さいと言って、持ってきたのである。看板は「八重山イエス之御霊教会」と言う看板であった。看板を掲げると、迫害も起るであろうが、信仰をもって看板を掛けたのである。
真の礼拝者
神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって、礼拝すべきである。(ヨハネ伝第4章24節)と記してある。聖霊を受けた者が、集って礼拝を行えば、異言でお祈りする事は、当然である。そこに霊なる神の御臨在に触れて、様々なしるし、不思議が行われるのである。

病は癒され、ある者は啓示をうけ、ある者は天界を見せられ、ある者は霊言、異言で歌を歌わされ、様々な体験をさせられ、お祈りも一時間位は止まなかった。リバイバル時代は、お祈りが終わるまでには、様々な奇跡が起っていたのである。
御霊は真理の教師
聖書の御言葉で、理解できない所が有ると、御霊は、其の言葉は、こう言う意味です。と聖霊が教えてくれるのです。まるで、父が子に教えるようであった。
(ヨハネ伝第6章45節に)預言者の書に、「彼らはみな神に教えられるであろう」と書いてある通りであった。

わたしは、いつも聖霊に教えられてきたのである。最初の頃は御霊が内から、語りかけて来るので、真理の教師を内に、持っている様なものであった。
また、体験によって、教えられる事も多かった。私は、神に教育され、育てられた様なものである。

またある時、自転車で走っていると、天からの啓示を受けた。
天から啓示が来る時は、頭のてっぺんに、強烈な光をうけて、光の中で啓示されたのである。啓示が終わるまでは、頭のてっぺんに大きな穴が開いて、風が通り抜ける様であった。
(第12章聖霊の働きその2)
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