沖縄体験記
(二)


八重山‐1より
沖縄に行くように示された。船便があるのか分からないが、旅支度をして桟橋に行って見ると、ちょうど、出港準備をしている船があった。この船に便乗して、沖縄に向け出港したのである。乗る船によって、糸満沖に着くまでの日時が、違うのである。二昼夜はかかる船もあるし、それ以上かかる船もあった。糸満からは、バスに乗り換えて、那覇に出て、更に読谷行きのバスに乗り換えて、読谷の教会についたのである。

笹部安友牧師は「ちょうど、良い所に来た。これから面白いところに行きましょう。」と言って、石川市の或る家庭に案内してくれた。
この家には最近、精神病院から帰された婦人がいて、その為にお祈りに行く所だったのである。

この家の息子は、警察官で嫁さんが、病人を見ていたが、病人は悪霊に憑かれていた老婦人であった。先ず、笹部牧師が病人の頭をつかまえて、悪霊を追い出そうとしていたが、霊に憑(つ)かれている婦人が、足でけったり、両手のこぶしで、突く動作をしたりして、笹部牧師に抵抗して、手に負えないようであった。

私が近づくと、笹部牧師を押しのけて、私の所に来て、私の首に抱きついて、ほほに口づけをするのである。つかまえて、悪霊を追い出し、霊の影響が無くなるまで、祈りつぶしてやると、霊が去って、再び戻ってはこなかった。老婦人は、大きな息をして正気にかえり、即座に癒された。
それから私たちに、お茶を出したりして、接待をしてくれたのである。

読谷教会では、八重山や、与那国の"証"などをして、礼拝の御用を務めた。石垣にいる時、主が宮古島に行くように示されたが、また、読谷でも同じ事が示されたので、宮古島に行くようにしたのである。

しかし、船賃が足りなかったので、泊港までのバス賃を残して、残りは読谷教会の献金箱に入れて、バスに乗った。船賃は神様にお任せである。

まさに、バスが発車しようとした時、読谷教会の笹部牧師が走ってきて、手を出せと言うので、バスの窓を開けて手を出すと、握手するのかと思ったら、何かを手渡したので、受け取った。それはお金だと思ったが、見もしないでポケットに入れた。バスは那覇に向けて発車したのである。読谷教会前から那覇までは40分程掛る、泊港前でバスを降りて、宮古行きの船を尋ねると、丁度、宮古行きの船が出港準備をしていたので、トランクを船に置いて、水上警察の臨検までは、まだ時間が有ったので、桟橋に上がって見た。

すると、ヘルメット帽子をかぶった二人の男が、こっちに歩いて来るのを見た。それは、那覇イエス之御霊教会の渡慶次道雄牧師と、琉球イエス之御霊教会の元川信牧師の二人であった。

西脇先生どうして此処にいるんですか?と言うので、この船で宮古に行くんです。と答えると、ちょうど良かった、では西脇先生に、これを頼もう。これは、アメリカ軍病院から手に入れた薬ですが、伊是名和子姉妹に頼まれて、宮古に行く人に預けてほしいと、ことづかったものです。これを、伊是名産婆に届けてほしい、と言うのであった。
宮古島行きの船に乗る
西脇先生が帰られる事が分かれば、もう少し何とか出来たのに、今日はこれしか持ち合わせが無いのでと、先生達二人が、旅費の足しにと、両方のポケットに、入れてくれた。船賃は神様に任せたので、船が宮古に着くまでは、決して見ない事にしていたのである。

今まで、見ようともしなかった旅費を、船が着いて会計が、船賃を集めに来たので初めて、ポケットに手を入れて出して見た。ハレルヤ、神に信頼する者は、失望に終わる事はない。丁度船賃の300円に足りたのである。牧師達三名で、100円ずつ、与えられていたのであった。神は信じる者に、恥をかかせないとあるが、聖書の御言葉は本当に、生きた真理であった、ハレルヤ。
(第12章聖霊の働きその6)
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