| 宮古島体験記 (一) |
沖縄から船で宮古島当時は、船が沖に停泊して、はしけで乗客や荷物を運んでいた。はしけが着くと、ご苦労さん、どうぞ、どうぞと言って、私のトランクを受け取る人がいるので、お任せしてトランクを渡した。その人について行くと、そこは旅館であった。
出迎えてくれた人は、旅館のご主人だったのである。私は、このご主人に聞いた。宮古でキリスト教関係の人は、知りませんか。と聞くと、はい知っております。と言うので、先ずそこに、連れて行って下さいませんかと頼んだ。
トランクは、旅館において、早速案内してもらったのである。
かねて八重山の教会で、祈りの中で示されていた、ご老人を訪ねたいのである。旅館のご主人に案内されたキリスト教信者は、神が祈りの中で見せられた、ご老人であったのである。神の摂理は、旅館のご主人を用いて、祈りの中で示されていたご老人に会わされたのであった。
この老人は、ヨハネの黙示録の御言葉が分からないので、神の使いを送って教えて下さいと、祈っていたと言うのである。私の名刺を見ると、「先生ですか、祈っておりました。どうぞ上がって下さい。」と、ご老人に勧められるままに、靴をぬいで部屋に上がると、まず、ヨハネの黙示録の、聖書の御言葉の質問の箇所は、ヨハネの黙示録第1章の御言葉であった。
先生は、何処にお泊りですか、と聞くので、まだ決めていないです。と言うと、どうぞ此処に泊まって下さい。と言われるので、その言葉に従って、この家に泊めて貰う様にしたのである。旅館に泊まっても、旅館賃を払う金が無かった。
沖縄で頼まれた薬を届ける為に、伊是名産婆の家に連れて行ってもらった。
玄関を開けて、ごめんくださいと呼んでも返事が無いので、留守だと思い、帰ろうとしたら、奥の部屋でドンという音がしたので、何だろうと思って、立ち止っていると、髪をかぶって、顔の見えない人が、四つんばいになったまま、出てきたので、和子さんから、預かった薬を持ってきました。と、話をしていたら、病人はだんだん元気になり、ちゃんと座って髪を結いなおして、お上がり下さい、と言ってくれたので、ご老人と二人で部屋に上がったのである。
この方は、この町でも、有名な産婆さんである。実はこの産婆さんは、わけの分からない病気にかかって、頭が激しく痛み、熱が下がらず、いっこうによくならないでいたと言う。しかし、私と話している内に、すっかり元気になり、完全に癒されたのである。
その内に息子が学校から帰って来た。この息子が、御父さんを呼んできた。ご主人は宮古保健所に勤めておられる。家族みんながそろったので、一緒に感謝のお祈りをしようと言って、祈っている内に、家族全員に聖霊が降ったのである。
お母さんが立って歩く様になって、家族みんなが喜んで、家の中が明るくなったのであった。
御父さんは、八重山の出身だというので、親しみを感じ、八重山の家族も紹介されたので、後日訪問して、救いに導くことができたのである。宮古の信者達の集会で晩は、宮古の信者達の集まりに導かれて、説教を頼まれたので、『世々の経綸』を説明した。
『世々の経綸』は、聖書の預言によって啓示されている。神は、この世界に対して計画を持っておられる。この事は聖書の預言に示されており、これを総合したものを世々の経綸と言う。
今は、聖霊時代である、助け主として、神が使わされる、真理の御霊に導かれて、真理を悟る事ができるのである。(ロマ書8章9節)キリストの霊を持たない人がいるなら、その人はキリストのものではない。
過去の預言者達にも、現されなかった奥義を、真理の御霊によって、啓示され、今の今まで習った事も、教えられた事もなかった、と言って、意見が、二つにわかれた。
反対者達は、「信仰が違う、教理が違う」と言い。
信じたものは、「先生は聖書の事実を語ったのであって、私たちが間違っている。」と言って、激論になった。
集会場は騒然となり、私は彼等には、もうこれ以上聞く耳が無いと思い、聖霊を受けたい人は、ついて来て下さいと言って、闇夜の外に出て行ったのである。
すると、二人の青年が、追いかけて来て、聖霊を受けたいと言うので、明日にしましょうと言うと、いまお願いしますと言うのである。
夜中、道端で、聖霊待望会をして、異言が出るまで続けましょうと言って、二人の青年が聖霊を受けるまで祈り、異言を語り、聖霊を受けたのである。
二人の住所を聞き、明日訪ねる事を約束して、その晩は別れたのであった。
明くる日訪ねて行って、改めて、聖書を開いて具体的に勧めをして、病が癒される様に、神癒祈祷をしたのである。
この青年は結核を患っていた。滞在中は訪問することにして、その次の日は、結核療養所を訪ねて、患者さんたちに、聖霊を受けさせたが、聖霊を受けた者は皆、癒されて退院したのである。
その次の日は、刑務所に行った。
刑務所の所長は沖縄に出張中で、副所長立会いの下で、受刑者全員にお説教して、皆悔い改めて、聖霊を受ける様に勧めた。不思議にも、副所長以下、受刑者全員に、聖霊が降り、涙を流して皆、喜びと感激に満たされ、大感謝の中に散会したのである。
その次の日は、ハンセン病の寮養所を訪ねて、慰問講演をした。
集った人々に、聖霊待望を勧めて、全員に聖霊を受けさせた。その後何度か訪問して、集会をもったが、みんな喜んで待っていてくれた。別れるときには、みんな泣いて、別れを惜しんでいたのである。聖霊の慰めと、主の恵みが豊かに有る様にと祈り、すべてを主の恵みに委ねて、第一回宮古島の伝道を終えたのである。度々宮古島を訪問聖霊を受けている、宮古の兄弟姉妹を訪ねると、沖縄の渡慶次道雄牧師の弟子である、町田宗治兄弟がいた。彼は当時、渡慶次牧師の下で、聖書を学んでいたのであるが、宮古島に派遣されて、伊是名家を中心に、福音を伝え、伝道の実習生であった。
私は彼の伝道を助けて励まし、宮古島の教会の基礎造りに協力して、何度か宮古島を訪問したのである。