世界伝道への道



世界伝道-東京より
太平洋を最後に香港へ
いよいよ世界の航海に出るのだ。日本最後の沖縄の那覇港では、私の為に大勢の兄弟姉妹達や、牧師達が駆けつけて盛大に見送ってくれた。
1959年5月12日、オランダ国籍のチチャレンカ号は、沖縄を最後に、一路香港へむけて出港した。航海第一夜は雲ひとつ無い、静かな海で波風もなく、世界伝道を祝福する様な、真昼のような月夜の航海である。夜半も過ぎた頃、船の進行方向左側に、見覚えのある島が見えた。それは正しく自分の生まれ育った島、与那国だった。

生れ育った島にこんじょうの別れを告げ、生まれ島の見納めと思い、知っている限りの歌を歌いながら、幼少の頃からの事が色々と、走馬灯のように思い出されて懐かしく思った。島が見えなくなるまで船の甲板に一人いて、島に別れを告げたのであった。二度とは帰れないかも知れない旅に、心を振るい立たせて、天から与えられた使命に深く感謝したのである。

本船は三日後に香港に到着した。
生まれて初めての外国に、見るもの聞くもの、全てが異なり、言葉も通じない。戸惑う事ばかりである。本当にここは外国だと、思いを新たにしたのである。
一番印象に残った事は、ここの子供達の泣く声や笑う声が、日本の子供達と全く同じである事であった。喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。
(ロマ書第12章15節)の御言葉を思い出して、意を強くしたのである。

香港では、中華料理に舌鼓を打ち、本船の出港時間までには多少時間があるので、香港島の反対側にある中国大陸の九竜にボートで渡り、バスに乗って行ける所まで行って見る冒険をした。
帰りは、バスから降りてボートの乗り場に行くと、最後のボートが離れかかった所で、滑り込むようにボートに飛び乗り、チチャレンカ号一週間の香港の旅に終わりを告げた。本船は錨を上げて、次の目的地のシンガポールに向けて出港したのである。
シンガポールへ

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