世界伝道体験記
−海外編−

アルゼンチン伝道1より
ブラジル伝道2

アルゼンチナ丸は、ブエノス港を出港して、ウルガイに寄港した。
ウルガイは、アルゼンチンの、隣の国である。船の積荷を済ませている間、ウルガイの町を見学した。
積み荷を終えたアルゼンチナ丸は、サントス港に向けて、ウルガイを出港した。ブラジルまでは、3泊4日の航海である。

昼の航海は、時々見舞うように現れる「カモメ」たちが、大海原の風景を一変させた。「カモメ」達が舞う、大西洋の舞台は、新鮮な楽しい船旅であった。
また、本船の航海を、祝福しているかのように、イルカの群れが、本船と並んで泳いでいた。

また、夜の航海では、南十字星を初め、天の群星を眺めながら、アルゼンチン伝道の体験など、色々と思い出されて、神の恵みと祝福を、感謝したのである。
天体を眺めていて、思わされる事は、聖書に預言されている、これから起る、世界の大異変である。

その異変については、下記のように聖書が預言している。
(マルコ伝第13章25節)星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。また、(ヨハネの黙示録第6章13節)天の星は、イチジクのまだ青い実が大風に揺られて振り落とされるように、地に落ちた。
(マタイ伝第24章29節)しかし、その時に起こる艱難(かんなん)の後、たちまち日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。(マルコ伝第13章25節)星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。
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(ヨハネの黙示録第8章10節〜11節)第三の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、たいまつのように燃えている大きな星が、空から落ちた。そしてそれは、川の三分の一とその水源との上に落ちた。
(11節)この星の名は「苦(にが)よもぎ」と言い、水の三分の一が「苦よむぎ」のように苦くなった。水が苦くなったので、そのために多くの人が死んだ。

(9章1節〜2節)第五の御使が、ラッパを吹き鳴らした。するとわたしは、一つの星が天から地に落ちて来るのを見た。この星に、底知れぬ所の穴を開くかぎが与えられた。(2節)そして、この底知れぬ所の穴が開かれた。すると、その穴から煙が大きな炉の煙のように立ちのぼり、その穴の煙で、太陽も空気も暗くなった。

聖書の預言は必ず実現する、とある事を連想した。
また、
(マタイ伝第24章35節)天地は滅びるであろう。また、(マルコ伝第13章31節)も、天地は滅びるであろう。
また、(ルカ伝の21章33節)天地は滅びる。
と今実在する天や地球が滅亡する事を、マタイ、マルコ、ルカ、の三弟子は証言したのである。

夜の航海中、甲板に出て、夜空を仰ぎ見ていると、船が揺れるので、天体がゆり動く様に見えて、聖書の預言の様に、天の星が落ちて来る錯覚を感じさせられる。昼は大海原の新鮮な空気をいっぱい吸って、夜は天体を眺め、色々と瞑想しながら、楽しい航海を続けてブラジルに無事に帰ってきたのである。

ブラジル、サントスに上陸後、サンパウロ市に行くバスに便乗して、久し振りのサンパウロ市の教会にもどった。久し振りに兄弟姉妹にあって、留守中の安否を尋ね、留守中も、兄弟姉妹がイエス様に守られ恵まれている事を、感謝した。

それから、サンパウロの教会で、安息日の礼拝をおこなった。
アルゼンチン伝道の証などを語り、礼拝も大いに恵まれ祝された。
一週間ほどサンパウロ市にいて、プルシデンテ・プルデンテ教会を訪ねた。


アルゼンチン伝道に行っている間に、ある父と娘が召されたとの報告を聞いて、驚きと同じに悲しみ、墓前に立って、言葉もなく、
主の聖徒の死は、そのみ前において尊い。(詩篇第16編15節)の御言葉を思いだして、兄弟姉妹の祝福を祈って、イエス様の御手に委ねたのである。


しばらく各家庭を訪問したり、信者達の安否を尋ねて、求められるままに、神癒祈祷をした。その週は、教会の安息日礼拝を守り、アルゼンチン伝道の証などして、大いに恵まれた安息日の礼拝であった。

それから、次の訪問地、マット・グロッソ州のカンポグランデの教会を訪ねた。
兄弟姉妹の各家庭を訪ねたり、神癒祈祷をしたりして、兄弟姉妹の平安と祝福をお祈り、アルゼンチン伝道で、神がその國になされた、御業などを語って、兄弟姉妹の信仰が、強められたのである。恵まれた兄弟姉妹を主イエスに委ねて、サンパウロの教会に帰ってきたのである。

三たびアルゼンチンへ

サンパウロ市に戻って、兄弟姉妹方の家を訪問した。
ある家庭では新しい問題が起っていた。その問題と言うのは、この家の次女が、アルゼンチンの男性に、とついでいたのだが、精神的病気で、ご主人とも会わず、ブラジルの実家にもどって来たのである。家族とも誰とも合わず、トラブッテいたのである。

家族は事情を打ち明けて、次女のために、イエス様の癒しを願ってきた。
私が神癒祈祷をしてやると、悪霊は追い出されて、すぐに癒された。
それまでは、家族にも反抗して、誰の言う事も聞かなかったと言う。大分精神的に病んでいて、お祈りで癒されるまでは、家族も大分、手を焼いていたようである。私の言う事だけは、はい、はいと、従うのである。

家族は、先生と一緒に、アルゼンチンに帰りなさいと言うと、先生と一緒なら、アルゼンチンに帰ると言うのである。家族会議の結果、家族のみんなが、夫のもとに是非つれて行って下さる様に、私に頼むのであった。

信者達の頼みを受けて、再びアルゼンチンに行く事になり、この次の船があるまで、待つ事になった。次女本人も、まだ完全には治っておらず、落ち着かず霊の働きの影響も多少残っている。わたしはS牧師に全教会の、留守中の牧会と教会を頼み、アルゼンチンに戻る次女を伴って、ブラジル丸に乗船、サントス港からアルゼンチンに出発した。


第二次アルゼンチン伝道へ

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