| 世界伝道体験記 −海外編− |
死んだ金魚が生き返った 大城さんは日本から、黒目玉の金魚を一対持ち帰っていた。大城さんはこの金魚を繁殖させたいと、大事にしていたのである。
いつも、外出前や帰った時には、必ず金魚に挨拶して、元気か、お腹はすいていないか、と言ってたいへんな可愛いがりようであった。
その日、大城さんと私は、朝9時から挨拶まわりに出掛けて、午後3時に帰宅して見ると、金魚が死んで、お腹を上に浮いている事に気が付いたのである。
大城さんは、台所でコーヒーをいれている奥さんに、わたしの金魚に何をしたのかと怒りだした。奥さんは、私たちが出掛けた後に金魚はお腹を上にして、浮いていた。眠っているのかと思った、私は何もしていないと言うのである。
大城さんは家の中を行ったり来たりして、落ち着かなかった。
どんなことがあっても、決して神仏に手を合わせたり、神頼みをしたりはしない人だそうであるが、思いあまったのか、私の所に来て、「先生なんとかなりませんか?」と言った。
「ならないことはないでしょう。金魚鉢を此処に持ってきなさい」と言うと、金魚鉢をダイニングルームのテーブルの上に置いたのである。
わたしは、イエス様にお祈りした。
「イエス様、ご覧の通り、大城さんが大事にしていた金魚が死にました。もう一度生き返らせてあげて下さい。イエス・キリストの御名によってお願いします。」
と言ったとたん、死んで5時間も金魚鉢に浮いていた金魚が、生き返って金魚鉢の水をけって、勢い良く泳ぎだしたのである。
これまで、どんな大変なことがあっても、神様に手を合わせて祈るという事をしたことがない大城さんが、今度ばかりは、『おぼれる者わらをもつかむ』心境であったのか、金魚のために真剣にお祈りする姿を見た奥さんは、お腹をかかえて、笑い転げていたのである。
大城さんは台所で笑っている奥さんの手を引っ張って来て、笑い事ではないぞ、見てごらん、と金魚鉢の中で泳いでいる金魚を見せると、目撃した奥さんも驚いたのである。
金魚が死んでいた事を、誰よりも知っていた奥さんは、一言もなかった。
「この先生は、死んだ物も生きかえらせる大変な人だ。」と言って、急に大城さんがいなくなった。
大城さんは、どこに行ったのかと思ったら、息子が経営している小間物店に行って、「家に居られる先生は、死んだものも生きかえらせる、大変な方ですよ。早く来て先生の話を聞きなさい」と言って、営業中の店を閉めさせて、次は次女の家に行ったのだという。
大城さんは全家族を集めた。「静かに静かに」と言う大城さんの声で、みんな静かになったが、家族にはなんの事だかわからないで緊張していた。
大城さんは私の部屋にきて、「家族をみんな集めましたから、先生の神様の話を聞かせてください」と言われたのである。
ダイニングルームに出て見ると、大城さんのお孫さんや、息子のご夫婦など大勢集まっていた。わたしは集まっているみんなに言った。
「あなたがたは、死んだ金魚が生き返ったことで、驚いているのですか?人間は金魚よりも、何百倍もまさるのですよ。お爺さんが死んだ金魚のために真剣に神様を信じてお祈りしたから、神様はお爺さんの願いに応えて下さったのです。
この聖書の中には、日本語の聖書もブラジル語の聖書にも、天国の福音が書かれています。神様が人を愛して、色々な約束をされた事が書いてあります。イエス様は、わたしの名によって願う事は、何でも聞いて下さると、約束されたのです。」
「あなたがたも信じますか?」と言うと、皆「はい」と答えたのであった。
『マルコ伝第16章15節』に、『全世界に出て行って、すべての造られた者に福音を宣べ伝えよ。(16節)信じてバプテスマを受ける者は救われる。しかし、不信仰の者は罪に定められる。(17節)信じる者には、このようなしるしが伴う。すなわち、彼らはわたしの名で悪霊を追い出し、新しい言葉を語り、(18節)へびをつかむであろう。また、毒を飲んでも、決して害を受けない。病人に手をおけば、いやされる。』と書いてある。
これは、主イエスが弟子達に言われた事である。
イエス・キリストの弟子たちは、神の国の福音を受ける人が、三十名余であったと思う。
「日曜日に『バプテスマ』(洗礼式)を行います。信じる人は日曜日の午後1時までに、全身水の中に入るので、着替えと体をふくタオルを持って集まって下さい。」
それから3日程してから、大城さんの知人で福島県出身の女性が訪ねて来た。
この女性は、胃下垂の病気で体が全身むくんで、何も食べられないで困っているという。
ブラジルではお客さんが来ると、コーヒーを出す習慣がある。
大城さんの奥さんが、コーヒーを出して下さったのに、お飲みにはならないので、どうぞと勧めたら、「はい、コーヒーは大好きですが、この前から何も口に入れておりません。すぐあげ返すので何もいただけないのです。」と言うのである。
私が、「今痛いですか?」と尋ねると、「はい痛いです」と言われるので、「痛みは神様に取ってもらいましょう」と言って、神癒祈祷をした。
頭に手を置いて、病が癒される様に祈った。祈っている最中に聖霊が、その方に降ったのである。その方は聖霊に満たされて、異言を語り続けて異言のお祈りが止まらない。一時間余も異言で祈らされて、涙が溢れ出てスカートの前は涙でぬれるほどであった。お祈りが止んで、胃下垂の病気がこの人の体から離れて行くのが私には分かった。
「どうですか」と尋ねると、「今はとっても、気持ちがよいです。」
体全体のむくみが消え去り、まるで上着を脱ぎ捨てたように完全に癒されていたのである。
「聖霊を受けられたから、洗礼を受けて下さい。神様が貴女に聖霊を与えて救いの保証を与えられたのだから、バプテスマ(洗礼)を受けなければなりません」と言うと、「はい」と言って帰られたのである
この方は、ギャンブルが好きで、家庭もかえりみず、ご主人や子供たちともはなれて、お酒を飲んだり、タバコも異常な程吸ったり、生活は大変不健康な状態であったという。
私を訪ねて来たときは、男勝りの気の強い女性に見えたが、聖霊を受けて、帰られる時は、心のやさしい、貴婦人のような、大変謙虚な女性に変ったのである。病気が治って安心だと言って、喜んで帰られた。