世界伝道体験記
−海外編−

第三次ブラジル伝道より
第三回アルゼンチン伝道

サンパウロの兄弟姉妹と、S牧師の見送りを受けて、ブラジル丸は、サントス港を出港した。大西洋に出て一路アルゼンチンのブエノス・アイレス港に向けて、コースを取ったのである。
途中のパラグアイ国にも寄港して、荷物を降ろし、また荷物を積み、お客さんを乗せて、またブエノス・アイレスに向けて出港した。

昼の航海は大海原を舞台に、時々カモメが、小魚のエサを求めて優雅な舞いを見せてくれる。夜は南十字星を眺めながら、天の川の美しい群星に見とれて、時間がたつのも忘れさせてくれる。
来る日も、来る日も、大海原の他には何も見えない。しかし、この大海原も、完全に消えて無くなると預言されていることを思い出した。客室に戻って、聖書の預言を調べて見る。

(ヨハネの黙示録第21章1節)わたしはまた、新しい天と新しい地を見た。先の天と地とは消え去り、海もなくなってしまった。
(注)今は世界中の船が、海を航海して、国から国へ、必要な物資を運んでいるが、(この海も無くなる)と預言されているのである。
人が好むと、好まざるとに関わりなく、聖書は次のように預言している。

(ヨハネの黙示録第6章14節〜17節)(14節)天は巻物が巻かれるように消えていき、すべての山と島とはその場所から移されてしまった。

(15節)地の王たち、高官、千卒長、富める者、勇者、奴隷、自由人らはみな、洞穴や山の岩かげに、身をかくした。(16節)そして、山と岩とにむかって言った、「さあ、われわれをおおって、御座にいますかたの御顔と子羊の怒りとから、かくまってくれ。(17節)御怒りの大いなる日が、すでにきたのだ。だれが、その前に立つことができようか」。

(黙示録第20章11節〜15節)また見ていると、大きな白い御座があり、そこにいますかたがあった。天も地も御顔の前から逃げさって、あとかたもなくなった。(注)聖書は警告している。

(ペテロ第二の手紙第3章1節〜7節)(1節)愛する者たちよ。わたしはいまこの第二の手紙をあなたがたに書きおくり、これらの手紙によって記憶を呼び起し、あなたがたの純真な心を奮い立たせようとした。(2節)それは、聖なる預言者たちがあらかじめ語った言葉と、あなたがたの使徒たちが伝えた主なる救主の戒めとを、思い出させるためである。

(3節)まず次のことを知るべきである。
終わりの時にあざける者たちが、あざけりながら出てきて、自分の欲望のままに生活し、(4節)主の来臨の約束はどうなったのか。先祖たちが眠りについてから、すべてのものは天地創造の初めからそのままであって、変わってはいない」と言うであろう。

(5節)すなわち、彼らはこのことを認めようとはしない。
古い昔に天が存在し、地は神の言によって、水がもとになり、また、水によって成ったのであるが、(6節)その時の世界は、御言により水でおおわれて滅んでしまった。
(注)(創世記第6章5節)主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め、「わたしが創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、はうものも、空の鳥までも。わたしは、これらを造ったことをくいる」と言われた。しかし、ノアは主の前に恵みを得た。と書いてある。

(7節)しかし、今の天と地とは、同じ御言によって保存され、不信仰な人々がさばかれ、滅ぼされるべき日に火で焼かれる時まで、そのまま保たれているのである。

また、(ペテロ第二の手紙3章8節〜13節)愛する者たちよ。この一事を忘れてはならない。主にあっては、一日は千年のようであり、千年は一日のようである。(9節)ある人々がおそいと思っているように、主は約束の実行をおそくしておられるのではない。ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔い改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである。

(10節)しかし、主の日は盗人のように襲って来る。その日には、天は大音響をたてて消えさり、天体は焼けてくずれ、地とその上に造りだされたものも、みな焼きつくされるであろう。

(11節)このように、これらはみなくずれ落ちていくものであるから、神の日の到来を熱心に待ちのぞんでいるあなたがたは、(12節)極力、きよく信心深い行いをしていなければならない。その日には、天は燃えくずれ、天体は焼けうせてしまう。(13節)しかし、わたしたちは、神の約束に従って、義の住む新しい天と新しい地とを待ち望んでいる。

(14節)愛する者たちよ。それだから、この日を待っているあなたがたは、しみもなくきずもなく、安らかな心で、神のみまえに出られるように励みなさい。
(15節)また、わたしたちの主の寛容は救いのためであると思いなさい。
このことはわたしたちの愛する兄弟パウロが、彼に与えられた知恵によって、あなたがたに書きおくったとおりである。

また、(ヨハネの黙示録第14章6節〜7節)わたしは、もうひとりの御使が中空を飛ぶのを見た。彼は地に住む者、すなわち、あらゆる国民、部族、国語、民族に宣べ伝えるために、永遠の福音をたずさえてきて、(7節)大声で言った、「神をおそれ、神に栄光を帰せよ。神のさばきの時がきたからである。天と地と海と水の源とを造られたかたを、伏し拝め」。


使徒ペテロも、黙示録のヨハネも、現在の天と地球の終わりと、人類の滅亡を、上記の様に証言したのである。

ブラジル丸は、アルゼンチンのブエノス・アイレス港に入港し、接岸した。
暫らく振りのブエノス・アイレスに上陸して、出迎えの兄弟姉妹と再会を喜び、兄弟姉妹の車に乗って、マルティネスの教会にもどったのである。

らぷらた報知新聞社の、T社長宅は、長い大きな敷地に建っている。住宅の奥の空き地に、私の為に、牧師館兼、礼拝堂を建設してあった。
驚きと感激で如何に愛する兄弟姉妹たちが、心から牧師を愛していたのか。神は我等の思いにも、願いにも、また、期待にも、更に優る事をなしたもう事を教えられたのである。知恵の正しさは、その業が証明するとある。

さて、今度のアルゼンチン伝道の旅に、神様はどう言う事をして下さるのか、楽しみである。

牧師館兼礼拝堂の完成までの証を聞くと、信者達はおしみもなく、建設に必要な資材と労力を、喜んで捧げたと聞かされたのである。
「神は、わたしが行えば、だれが、とどめる事ができよう」。(イザヤ書第43章13節)と書いてある御言葉を、思い出したのである。
建設作業が終わった夕食会の時には、全員が疲れきって、食前のお祈りも出来ないで困っていたと言う。疲れきって、皆黙り込んでいた時、明兄弟が聖霊に感じて、私のお祈りの録音テープを持ってきてかけたところ、全員の疲れが即座に癒され、取り除かれたと言う。

皆な互いに顔を見合せて、不思議だ、不思議だと言った。先生はいないのに、先生のお祈りの言葉に神様は答えられたのだ。皆な元気になって、夕食会も大いに祝福され、牧師館の建設に奉仕した兄弟達は、感謝、感激に満たされて、帰宅したと言う証を聞かされたのである。
わたしは、新しい牧師館に移り、新しい会堂で安息日の礼拝を守る事ができて、主イエスは何時も最善に導いて下さる。わが主は生き給うと、御名を崇め、大西洋の長い旅の疲れも癒され、主イエス様に感謝と讃美を捧げたのである。

アルゼンチン伝道最後の旅

イエス様は、兼ねてから、今後の伝道目標を、既にお示しになられた。
今度の旅が、アルゼンチン伝道最後の旅となるのである。今後の伝道予定を、愛する兄弟姉妹方に報告した。兄弟姉妹の各家庭では、家庭の祝福祭を次々と申し込まれた。

申し込み順に、祝福祭を行なった。各家庭では、録音機が用意されていて、私の声を録音したのである。その理由は、牧師館建設の時、皆が勢一杯に頑張って、最後の完成の夕食会の時の経験から、先生はいなくても、お祈りの言葉と、祝福を信じて、録音をさせてもらったと言うのである。やるべき事は全部最善を尽くし、この度、日本に帰国する目的は、南米伝道の状況報告と、多数の牧師の派遣を要請する事だった。南米は大陸です、南米大陸の伝道を続けて行くためには、どうしても後を見る牧師がいないと、前には進めない。必要も広範に渡り、牧師が足りないのである。

イエス様は、日本に帰る途中で、アメリカ伝道を、示しておられた。初めは、ばくぜんとして、はっきりしなかったが、祈っていると、アメリカのロサンゼルスが、はっきり示され、次にハワイの風景や、白い砂浜で後日洗礼式をした場面も、見せられた。主イエスは、帰国の途中、アメリカ大陸にも、真の福音を、特に日系人の多い、ロサンゼルスと、ハワイを指定されたのである。ご慈愛に富み賜う、イエス様は、私の心をお察し下さって、日本人同邦の多い所をご指名された。真の福音を宣べ伝えて、一人でも多くの同邦が、「水と霊」との全き救に導く様にと、お示し下さったのである。

旅先でお世話になった方々への、帰国の挨拶まわりも済ませて、アルゼンチンを出発するときには、ブラジル丸の一等客の切符も与えられて、多勢の兄弟姉妹方が船の中まで、見送りに来て下さった。

アルゼンチン伝道も恵まれ、祝福された事を、主イエス様に、満腔の感謝を胸一杯にした。
大西洋を一路、ブラジルを目指して、思い出を振り返りながら、アルゼンチンと、ブラジルの伝道の航海を、無事に終えた事を主イエス様に感謝しながら、ブラジル丸の一等客室の船旅を満喫したのであった。

ブラジル丸は、間もなくサントス港に入港して、接岸した。
積荷や乗客の為に、一週間ほど、停泊すると言うので、私はその間に、ブラジルの信者達に、帰国の挨拶を済ませ、その後のブラジル伝道を、S牧師に一任して、ブラジル伝道の牧会と伝道をまかせて、サントス港のブラジル丸に戻ったのである。

アメリカ伝道へ

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