北海道体験記
(一)

東京‐1より

関東大聖会が終わって、札幌の岸野孝雄先生から、私宛に電報が届いた。
電報の内容は、札幌訪問の要請であった。この教会は、アメリカから、日系人二世のヌキタジュン宣教師が、北海道伝道に派遣されて、教会堂も建設して、札幌で伝道に従事していたのであるが、奥さんが病気で亡くなって、二児を連れてアメリカに一時帰国したのであるが、当時、日本聖書大学院在学中の、札幌出身の岸野孝雄先生が、教会の留守番に派遣されていたのである。

教会はどう言う隙があったのか、「悪魔」に支配されて、信者達はみな散らされ、教会は破壊状態に陥っていたのである。その為、イエス之御霊教会教団の村井ジュン監督をはじめ、10名の有能な牧師達が、次々と来て悪霊を追い出そうとしたが、誰も追い出す事が出来なかったのである。

訪問の要請は受けたものの、その時私には札幌に行く旅費が無かった。
それで、東京教会の講壇の前で祈っていたら、玄関の方で、「西脇さんに書き留です」と言う声がしたので行ってみた。

書き留は、毎月アメリカから、グレイヤという宣教師の未亡人が、20ドルの現金小切手を送って下さっていたが、受取人不在で、東京の教会に転送されてきたのである。主は折に叶う助けを与えられた。

村井監督に相談した所、訪問して下さいと言われた。為替レートは、1ドルが360円であったので、早速銀行で両替して、7200円を手に入れた。
北海道旅行は、初めてである。上野駅から列車に乗って、青森で青函連絡船に乗換えた。

青函連絡船の甲板に出ると、東京教育大学の学生に出会った。
彼は、夏休みで帰宅する所であった。色々と話しをする中で、聖書の話になり、福音を語って、聖霊を受けるように勧めた。彼は素直に聖霊を待望して、聖霊を受けたのである。名刺を交換し東京の教会を紹介して、再会を約束し、函館で別れたのである。

ここからは札幌行きの汽車に乗り換えて、途中の風景を楽しみながら、終着駅札幌に無事到着したのである。汽車を降りて改札口を出ると、若い青年達が迎えにきていた。私は初めて会う青年達に教会への道々、聖霊に導かれて、今札幌で起っている事などを語らされたのである。教会に着いて玄関に立ったとたん、悪魔が講壇の後ろから逃げて行くのを目撃した。逃げて行く悪魔の後ろ姿は、まるで、黒い大きなゴリラの様であった。それが消えて行くまで、玄関に踏み止まって見送った。戻って来ない事を確認して、靴を脱いで会堂に上がり、講壇の前に座って、この教会の聖別の為に祈った。

お祈りを終えて振り返ると、札幌の路面電車の運転手が信者に導かれて来ていたのである。話を聞くと、定期健康診断を受けたら、肺に空洞が出来ており、絶対安静と宣告されたのである。子供はまだ小さいし、働かなければ家族を養って行けない。
どうすれば良いのか、思案にくれて街を歩いているところを、教会の信者に会った。
信者が、どうも様子がおかしいと思い、歩み寄って話を聞いて見たところ、気の毒になって、実は、今沖縄から珍しい先生が来ているから、先生に相談してみましょうと言って教会に導いて来たと言うのである。
早速この人に福音の救いを語り、助け主である聖霊を受けるように勧めた。
聖霊を受けるとすぐ、洗礼も受ける様に勧めた。洗礼には私も立ち会った。

札幌は夜になると寒く冷たく、川には氷が張っていた。氷をかきわけて、洗礼式は行なわれたのである。夜の洗礼式は、寒い中で厳粛に行われた。
洗礼が終わり、私は祈った後、彼に言った。貴方に絶対安静を宣告した病院の先生に、もう一度レントゲンを撮って、証明してもらいなさい。
"病気は癒された"と言ったのである。

早速、健康診断を受けた病院の担当医に、もう一度、レントゲンを撮って下さる様に頼んだが、担当の医師は、昨日の診断に間違いは無いと言った。
教会の先生が、病気は癒されたと言われたから、もう一度レントゲンを撮って、健康である事を証明して下さいと言った。

いくら教会の先生が言っても、病気である事実は変らないと、病院の先生は言ったというのである。いつまでもねばって、帰ろうとしない運転手に、担当医は気休めにレントゲンを撮ったが、今度は先生のほうが驚いたのである。昨日と今日で、こんなに変る事が有るとは、不思議なことだ。何度も、レントゲン写真を見て、病院の先生は、「本当に奇跡だ。昨日は肺に穴が開いていたのに、それが今日は全く癒されて病根が無い。医学では説明出来ない、不思議な事もあるんだ」と、首をかしげていたと言うのである。

それから、教会では特別聖会を行い、散っていた信者も集ってきた。
また、札幌市役所の、講堂を借りて、三日間の特別伝道集会を行ったが、聖霊を受けた人が120名もあった。教会は完全に、立ち直ったのである。

岸野先生は白老のアイヌ人の部落にも案内してくれた。アイヌの服を着て酋長夫妻と記念写真を撮ったりして楽しかった。

石狩平野の家庭集会でも証をして兄弟姉妹を励まし、それから、滝川の教会に導かれて、兄弟姉妹を激励した。それから、つきさっぷの羊の牧場を見学して、子羊をだいて、写真を撮ったり楽しい時を過ごした。

最後は結婚式を司式し、新婚の兄弟姉妹を祝福して、札幌の兄弟姉妹に別れを告げ、この度の北海道伝道を終えたのである。
東京に帰る途中、新潟に立ち寄り、新潟の兄弟姉妹と交わり、色々と証をして、共に祈り、その夜はそこに泊まって、翌日東京に戻ったのであった。

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