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沖縄体験記 (四) |
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八重山−4より八重山イエス之御霊教会の牧師を辞任した後、沖縄に渡り、南米行きの手続き方法を調べて、色々な道を試みた。
沖縄本島には、以前から親しかった兄弟たちがいて、勤務している米軍キャンプの近くに、民間の一軒家を借りて、兄弟達3人で共同生活をしていた。
兄弟達が、「西脇先生、私達の家に来て下さい」と言うので、兄弟達の言葉に従うことにした。ここを足場にして、伝道活動をしながら、南米に渡る道を求めて各方面に働きかけていたのである。
読谷出身の渡慶次道雄牧師が、同郷出身の先輩で、琉球政府行政主席を紹介してくれた。渡慶次牧師を伴って、琉球政府の主席室を訪れた。南米伝道を神から命じられた事を説明して、南米に渡りたいことを申し上げた。その為に早く行ける方法について協力を要請した。行政主席は、たいそう喜ばれて、少し考えて、アメリカ民政府の高等弁務官を紹介してくれた。高等弁務官に面接 琉球政府の行政主席みずから、アメリカ民政府の高等弁務官室に電話をかけて、事情を説明して協力を要請してくれたのである。
私達が、アメリカ民政府を訪ねると、通訳が高等弁務官室に案内してくれた。
弁務官執務室に行くと、弁務官は、「私を見て若い人たちが、新天地を目指して勇敢に出て行く事は大変よい事です。できる事は大いに協力したい」と言われた。
私は、高等弁務官に、南米ブラジルに渡る為に軍用機に便乗させてくれるように協力を要請したところ、「軍用機を使うことは難しい。あなたひとりならよいが、前例の無い事でありそれは出来ませんが、その代わりに、南米に行く手続き上の手助けは、大いにやりたい」と言ってくれた。
沖縄に来て初めての洗礼式があった。比嘉兄弟の家族4名である。
比嘉兄弟の奥さんが私に語ったことは、「先生私は妊娠すると、いつも子袋と、胃袋の間に水がたまって、とても苦しむんです。」奥さんはその時、3回目の妊娠中であった。私は奥さんに言った。「神様は奥さんの事情を良くご存知です。奥さんが苦しみに耐えられない時は、7ヶ月でも10ヶ月と同じ、健康なお子さんを安産させて下さいますよ。」と言ったのである。
洗礼式も無事に終わり、洗足式、聖霊待望会もおわって、水と霊による全き救いにあずかり、神の国に生れた喜びを感謝したのである。
今日から比嘉家は、一人一人がイエス様の御名を背負って、守られ恵まれて祝福されて行くのですよ。
私は12月20日過ぎの或る日、夜通し異言で祈らされ、何度も、何度も、異言のお祈りをさせられた。寝ようとすると聖霊は異言の中で「神をほめよ、神をほめよ」と、何度も言われたのである。一緒に寝ていた兄弟達も、朝起きて「先生何事が起るんでしょうか?」と、私に聞くのである。
私も分からないが、異言の中で神をほめよ、神をほめよと聖霊が言われることを思えば、「何かすばらしい不思議な事が起ることは、間違いないでしょう」と言った。双子の奇跡 12月も下旬になって、クリスマスの準備もしなければならなかった。
私は比嘉兄弟の家を訪ねて、クリスマスツリーを立てる土台になる箱を頼みに行った。
兄弟は、アメリカ軍人軍属達が本国に引き上げる時に、荷造りに必要な箱を造って、家業にしているのである。
私は比嘉兄弟を訪ねて、ハレルヤと挨拶すると、兄弟も「先生私も今帰ったんですよ」と言うので、「何処に行っていたのですか?」と尋ねると、「妻が急に産気付いて、救急車でコザの中央病院に入院したのです」と、話してくれたのである。
そこで、私は何があったかも聞かずに、夜通し異言でお祈りをさせられたことを思い合わせて、「病院では不思議な事が起ったでしょう。あかちゃんは安産だったでしょう。」と話すと、「先生は何故知っているんですか?」と言うので、神様から教えられたと語ったのである。
兄弟から詳しい話を聞くと、双子の逆子で、奥さんが苦しみ出して、逆子が中々正常に戻らず、お医者さんたちも頭を痛めて、別室で色々と話しあっていたが、お医者さん達が手術室に戻ってきたところ、双子の逆子が正常になっていたのである。お医者さん達は驚いて、「あなたがたは、何か信仰しているのか?」と聞くので、「はい、私達はクリスチャンです」と答えたという。
お医者さんは、「神様の奇跡が起った。これは奇跡だ、奇跡と言う他にない。
あなたがたは本当に幸いな人達だ、双子の逆子が正常になっている。もう安心ですよ。今の今まで、奇跡は信じなかったが、本当に奇跡はあるんですね。」と言って不思議がっていたと言うのである。
私はその証を聞いて、牧師は信者に何かあると、寝ていても、聖霊が異言で祈らされて、信者を守って下さるのだと神様に感謝したのである。
生まれた双子は、元気に育って母子共に退院したのである。私が名づけ親に頼まれて、女の子は長女で恵子、男の子は三番目の子で、恵三と命名したのである。
安息日の礼拝には、講壇の前に双子を並べて、イエス様に礼拝を奉げた事が最高に楽しく、双子の誕生の証などをして大感謝したのである。